奈良

飛鳥

ASUKA

田園風景のなかに古代遺跡が多く残るかつての歴史の中心地

奈良盆地の南に位置し、古代の日本の中心地だった飛鳥エリア。聖徳太子や豪族の蘇我氏、中大兄皇子(のちの天智天皇)が活躍した時代、この地に宮殿が置かれ、日本の礎が築かれた。山に囲まれ、のどかな田園地帯が広がるなか、古代・考古学ファンをひきつけてやまない重要な遺跡が点在する。石室内の壁画が話題となった高松塚古墳やキトラ古墳、巨石が露出する石舞台古墳、飛鳥宮跡のほか、いまだ謎が残るユニークな石造物も人気。聖徳太子の生誕地と伝わる橘寺や、日本で最初の仏教寺院として知られる飛鳥寺など、飛鳥時代創建の古社寺もあり、かつてのこの地の隆盛がしのばれる。春は桜、秋はあぜ道に咲くヒガンバナなど、四季折々の里山の風景と古代遺跡が見事に調和している。

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エリアの見どころ

  • spot 01
    高松塚古墳
    飛鳥時代の服装はこの壁画からよみがえった
    1972年(昭和47)、調査中の古墳の中から極彩色の壁画が発見された。全国的に考古学・史跡巡りが大流行するきっかけとなった古墳・壁画は、どのようなものだったのか。体感してみよう。
    整備された高松塚古墳の墳丘
  • spot 02
    キトラ古墳
    四神に守られた高貴な被葬者に思いを馳せて
    1983年(昭和58)、高松塚古墳に続く2例目として発見された、彩色壁画で飾られたキトラ古墳。古墳は特別史跡に指定されているほか、飛鳥時代の四神が描かれた壁画は国宝、副葬品は重要文化財に指定されている。
    四神の館の星宿図
  • spot 03
    石舞台古墳
    飛鳥時代の権力者の古墳!?
    7世紀初めに築造された古墳で、飛鳥時代、聖徳太子(厩戸皇子)とともに推古天皇を支えた大臣・蘇我馬子の墓とも推定されている。いつしか盛土が失われ「石舞台」と呼ばれるようになった。
    巨石が積み重なる石舞台古墳
  • spot 04
    飛鳥宮跡
    飛鳥時代、複数の天皇たちの宮殿が置かれた場所
    飛鳥岡本宮(あすかおかもとのみや/舒明天皇)、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや/皇極天皇)、後飛鳥岡本宮(のちのあすかおかもとのみや/斉明天皇)、飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや/天武・持統両天皇)と、飛鳥時代の天皇の宮が継続的に置かれた場所。飛鳥時代の政治の中心地で、重要な事件はこの場所で起きた。
    大井戸と石敷きが復元されている
  • spot 05
    奈良県立万葉文化館
    『万葉集』の「うた」を通して、古代の人々と思いを共有しよう
    季節の訪れに触れた感動を、愛する人への思いを、別れの寂しさを。詠み人の心を言葉で残す「うた」。現存する日本最古の歌集『万葉集』の歌を通して、古代の日本の文化を紹介する施設。
    古代の歌のある風景が再現されている
  • spot 06
    飛鳥寺
    日本最古の仏像・飛鳥大仏が残る、日本最初の本格寺院
    596年(推古4)、蘇我馬子の発願によって建立された日本最古の本格的伽藍をもつ寺院。何度も火災を乗り越えた、日本最古の仏像といわれる本尊・飛鳥大仏は、創建時から同じ場所に安置されている。
    境内西側からの風景
  • spot 07
    石造物
    飾り用?祭祀用?飛鳥に残る謎の石造物たち
    明日香村には多くの石造物が残る。亀石や猿石など、形はおもしろいが目的がわからないもの、酒船石のようにそもそも使い方がわからないもの。ユーモラスでミステリアスなさまざまな石造物を訪れよう。
    巨石を加工した亀石
  • spot 08
    亀石
    どこの方角を向いているか要チェック!
    短い手を伸ばしペタンと伏せたようなかわいらしい亀石は、県道209号と155号が交差する明日香村の中心部から、遊歩道を少し入ったところにある。車では入っていけないのでご注意を。\飛鳥周遊歩道沿いの畑の一角が柵で囲われ、訪れた人を出迎えるかのように、遊歩道側に頭を向けている。長さ3.6m、幅2.1m、高さ1.8m。花崗岩の巨大な自然石に亀の加工が施されている。いつ、どのような目的で作られたものかはわかっておらず、塞(さい)の神として祀られたとも、海外の要人を歓待する石彫ともいわれている。\ある伝承では、かつて奈良盆地が湖だった頃、当麻(奈良県葛城市)の蛇と川原のナマズが喧嘩をし、池の水を蛇に取られ、多くの亀が干上がって死んでしまったため作られた亀の供養碑とされている。亀石が当麻の方角、西を向くと洪水が起きるという言い伝えもあり、向きが変わっていないかを行くたびに確認したい。
    巨大な石をよく見ると……亀!
  • spot 09
    鬼の俎・鬼の雪隠
    終末期古墳の石棺が、鬼の伝承と一体化したものか
    「この周辺は霧ヶ峰と呼ばれ、鬼が住み、通行人に霧を降らせ迷ったところをとらえて、爼の上で料理し、雪隠(トイレ)で用を足した」。そんな伝承がある「鬼の俎」「鬼の雪隠」は道を挟んで並んでいる。伝承を聞くと山奥のように感じるが、近鉄飛鳥駅からも1km程度。ただ「峰」と呼ばれるだけに、急な坂道がある農道を通るため、自転車で訪れるなら電動をおすすめする。\鬼の俎の正体は、終末期古墳(7世紀後半)の石室の石槨(せっかく)、鬼の雪隠の正体は石槨の蓋石だ。鬼の俎は、農道脇の階段を上がった竹藪に囲まれた場所にあり、鬼の雪隠はどうしたわけか、ひっくり返った状態で農道の下にある。\3m近い巨石をくりぬかせ、蓋にさせるほどの権力をもつ被葬者は、高貴な人物だったはずだ。それがトイレにされるとはと苦笑する一方で、これに見合うほどの大きな鬼を想像した、昔の人々の未知のものへの恐怖心も感じられる史跡となっている。
    花崗岩をくり抜いた形の「鬼の雪隠」
  • spot 10
    猿石
    猿か? 人か? 精霊か? 吉備姫王墓の石人像
    近鉄飛鳥駅からほど近い明日香村平田地区の坂を北に上ると、突き当たりの東に欽明天皇陵がある。西にあるのが欽明天皇の孫であり、猿石が置かれている吉備姫王墓だ。\墓を囲う石の柵越しに中をのぞき込むと、4体の石人像が見える。作られたのは7世紀頃と推定される。「猿石」とひと言でまとめられているが、いずれも手を前に組んで座っているように見える点で共通しているものの、頭が大きかったり、髪が逆立っていたり、どれも個性的で、個別にはそれぞれ僧、男性、女性、山王権現などの愛称で呼ばれている。\これらは欽明天皇陵の南の田んぼにあったものを掘り出し、今の場所に移された。高取町の近くにも、石垣に転用するために運ばれたらしい、同系統のものが1体ある。もしかすると見つかっていないほかのものもあるのかもしれない。
    造形も不思議な石造物
  • spot 11
    岡寺
    鎌倉時代の歴史物語『水鏡』に登場する日本最初の厄除け霊場
    明日香村にある西国三十三所観音霊場の第七番札所「岡寺」。別名「花の寺」とも呼ばれ、シャクナゲやダリア、紅葉のトンネルは有名。花手水や切り絵御朱印などもあり、季節を問わず癒やしを求めて多くの人が訪れる。
    1612年(慶長17)建立、重要文化財の仁王門。両脇には仁王像を、屋根の四隅には阿獅子(あしし)・吽獅子(うんしし)・龍・虎を配している
  • spot 12
    橘寺
    「太子建立七ヶ寺」のひとつ、聖徳太子生誕の地に立つお寺
    572年(敏達天皇元)、欽明天皇(きんめいてんのう)の別宮・橘の宮で聖徳太子が生まれ、その後、推古天皇(すいこてんのう)が寺院建立を命じ、聖徳太子自身が創建したと伝わるお寺が橘寺だ。
    焼失、再建を繰り返し、現在の本堂は1864年(元治元)、講堂があった場所に再建されたもの
  • spot 13
    明日香の夢市・夢市茶屋
    地元のお母さんが作ったおいしいご飯や加工品がいっぱい
    石舞台古墳西隣にある「明日香の夢市・夢市茶屋」。1階は地場産の農産物や加工品、お土産物を、2階は明日香村の食材を使用し、地元のお母さんが作った食事を提供している。
    店舗の前に設置されたのぼりは、地元の中学生が手作りしてくれたもの
  • spot 14
    川原寺跡弘福寺
    謎多き中大兄皇子と弘法大師ゆかりの大寺院
    天武(てんむ)天皇が書生を集めて、日本で初めて写経を行ったと『日本書紀』に記されている川原寺跡弘福寺(かわはらでらあとぐふくじ)。そこに、飛鳥時代に思いを馳せながら、写経を体験できる道場がある。
    『万葉集』に出てくる香具山(かぐやま)を見ながら写経体験。「般若心経セット(入山料、般若心経、お抹茶)」1800円
  • spot 15
    cafeことだま
    知る人ぞ知る明日香村の人気古民家カフェ
    その昔、市場筋と呼ばれた石畳の通りにある「cafeことだま」。選び抜かれたインテリアと風情のある家具が配された居心地のいい空間にゆったりと流れる時間は、ここでしか味わえないものだ。
    築200年弱という酒蔵の母屋部分をリノベーションした古民家カフェ
  • spot 16
    甘樫丘
    大和三山や明日香村の集落を一望。歌にも詠まれた「国見の丘」
    明日香村のほぼ中央に位置する「甘樫丘(あまかしのおか)」。飛鳥時代に勢力を誇っていた蘇我氏ゆかりの地であり、『万葉集』にも詠まれた歴史ロマンあふれる場所だ。往時に思いを馳せ、豊かな自然を楽しみながら散策したい。
    展望台からは明日香村の集落を一望。瓦屋根や田んぼなど、日本の原風景が広がる
  • spot 17
    奈良文化財研究所 飛鳥資料館
    「日本ではじめて」のものが生まれた飛鳥を体感する
    今から1400年前、約100年にわたって都がおかれた飛鳥の歴史や文化を紹介する飛鳥資料館。これまでの発掘調査で明らかになった、「日本のはじまり」の姿を体感できる施設だ。飛鳥の地を巡るなら、最初はここを訪れてほしい。
    明治時代に石神遺跡から発掘された石人像(せきじんぞう)。飛鳥時代の噴水で1階ロビーに実物が展示されている
  • spot 18
    天武・持統天皇陵
    古代中央集権国家の基盤を築いた天皇夫婦が眠る場所
    近鉄飛鳥駅から徒歩15分、明日香村野口の小高い丘の上に、第40代・天武(てんむ)天皇と第41代・持統(じとう)天皇が一緒に埋葬された陵墓「天武・持統天皇陵」がある。天武天皇といえば、古代最大の戦乱「壬申(じんしん)の乱」で勝利を収め、明日香の地に飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)という都を築いた人物で、その後、中央集権国家の形成に尽力した。その天武天皇を皇后として支え、崩御したのちにその意思を継いだのが持統天皇だ。持統天皇といえば、史上3人目の女性天皇で、藤原京に遷都した人物である。天武・持統天皇陵は正八角形をしている八角墳(はっかくふん)で、国内で5基しか存在しない希少な古墳だ。盗掘された際の実検記「阿不幾乃山陵記(あおきのさんりょうき)」によると、石室には大理石が用いられ、天武天皇の棺は朱塗りで床に金銅が敷き詰められ、持統天皇の骨壷は銀製という豪華さであったとのこと。天皇であり、夫婦であり、時代を築いた人物が埋葬されている、全国でも唯一無二の古墳だ。
    小高い丘のてっぺんにある拝所。天武天皇・持統天皇の偉大さを感じる御陵
  • spot 19
    明日香村民俗資料館
    歴史と自然あふれる、明日香村の暮らしを学べる資料館
    高松塚古墳や石舞台古墳をはじめとする歴史的価値の高い史跡に加え、1400年にわたり守られてきた豊かな棚田や里山がいまだ存在する明日香村。そんな明日香村の暮らしについて学べるのが「明日香村民俗資料館」だ。奈良県立万葉文化館の駐車場の目の前にあり、アクセスは、近鉄「橿原神宮前」駅もしくは近鉄「飛鳥」駅からバスの利用が便利。2階にある展示室は農耕・住・食・祭りの4つのコーナーに分けられ、それぞれに関する資料が展示されている。大きな展示物としては、明日香村稲渕(いなぶち)地区・栢森(かやのもり)地区の伝統行事で使われるカンジョウナワだ。毎年綱をかけ替えることで、村に悪疫が入るのを防ぐという。入館は無料で、明日香村独特の習慣を知るきっかけとなる場所だ。1階は新規起業者のチャレンジショップとして、飲食店やリラクゼーションサロンなどの店舗が入店している。ダイニングコーナーもあり、購入した食事をゆっくりと楽しむことができる。休憩場所としても使えるので明日香観光の際には立ち寄ってみたい。
    チャレンジショップ「ASUCOME(あすかむ)」の2階に、明日香村民俗資料館がある
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旅のヒント

  1. その1

    大阪方面、京都方面ともに近鉄橿原神宮前駅で乗り換え、吉野線で近鉄飛鳥駅へ。各見どころは離れているので、駅前でレンタサイクルや小型の電気自動車のレンタルサービスを利用すると便利。

  2. その2

    近鉄飛鳥駅から各見どころへは周遊バスが運行している。本数は少ないので、事前に時刻の確認をしておきたい。

  3. その3

    車の場合は、大阪方面からは西名阪道を、名古屋方面からは名阪国道を利用する。春と秋の観光シーズンは道路や駐車場が混み合うので、なるべく公共交通機関を利用するのがおすすめ。

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