五条坂

通り

清水寺への参詣道であり、清水焼発祥の地でもある歴史的な道

西陣織、京友禅とともに京都を代表する伝統産業として有名な「清水焼」。気品豊かな作風は海外での評価も高い。日本を代表するこの陶器が生まれた地が五条坂だ。多くの名工を輩出した焼物の町を歩いてみよう。

五条大橋西詰にある牛若丸と弁慶像} 五条大橋西詰にある牛若丸と弁慶像

全国にその名を馳せる清水焼のふるさと

「五条坂」は京都の東西を貫く「五条通」の東寄りに位置する坂道である。清水寺への参詣道であると同時に、清水焼発祥の地であることから「陶芸家の町」としても名高い。京阪・清水五条駅から五条通(北側)を東へ約350m歩くと、「ここよりひがし 五條坂」と記された石碑が立ち、この辺りが五条坂の西端とされている。江戸時代に窯が開かれたことに始まり、昭和30年代までは周辺に十数基の登り窯が並んでいた。煙害や道路の整備拡張にともなって往時の姿は失ったが、現在でも陶芸作家・窯元・卸店・小売店が軒を並べている。また毎年8月7-10日には「京都五条坂陶器まつり」が開催され、全国から集まる400店近くの作家や陶器商の出店でおおいに賑わう。

陶器店でお気に入りの一品を探してみよう} 陶器店でお気に入りの一品を探してみよう

実は五条の橋の場所は変わっている

「五条坂」を示す石碑から西へ向かうと鴨川に見えてくる。ここに架かる橋が「五条大橋」だ。橋の西詰には唱歌『牛若丸』で「京の五条の橋の上……」と歌われたとおり、牛若丸と弁慶が出会ったと語られるシーンを模した石像が並ぶ。しかし、実は平安時代、この橋は存在していなかったのだ。当時は現在の松原橋の場所に「五条の橋」が架かり、清水寺への参詣道として賑わっていたのだが、豊臣秀吉が方広寺(大仏殿)を建立する際に架け替えさせ、名前もこちらを「五条の橋」としたのだ。したがって牛若丸と弁慶が五条の橋で出会ったとすれば、石像が置かれるのは現在地ではなく松原橋であるべきなのだが、五条大橋の風景としてなじんでいるのがおもしろい。

多くの人や車が行き交う現在の五条大橋} 多くの人や車が行き交う現在の五条大橋

五条大橋から240m上流に松原橋が架かる} 五条大橋から240m上流に松原橋が架かる

かつての五条の橋を渡ってみよう

平安京に由来する五条通は秀吉によって移転され、元の五条通は松並木が続いたことから「松原通」と呼ばれるようになり、橋も「松原橋」へと名を変えたが、現在は地元の人びとが利用する橋として愛されている。橋のたもとにはその由緒を記す看板が立てられ、五条大橋に比べるといささか小さな橋ではあるが、1200年前の歴史ロマンを感じながら渡るにはぴったりといえよう。松原橋から松原通を東へと進むと、冥界へ通じる井戸で有名な六道珍皇寺を経て、清水寺へ行くことができる。いにしえの人びとが歩んだ参詣道をたどって参拝してみるものおすすめだ。

賑わった当時の様子を想像しながら渡ってみよう} 賑わった当時の様子を想像しながら渡ってみよう

スポット詳細

住所
京都府京都市東山区清水・五条橋東 map map 地図

情報提供: ナビタイムジャパン

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