松月

お昼の「月替わりミニ会席」は5000円でこのボリューム

伊藤博文の料理長が開業した料亭

1903年(明治36)、大磯の地に料亭を構えたのは、初代総理大臣の伊藤博文の総料理長を長年にわたり務めてきた初代主人。開業にあたり、伊藤博文から「松月」の名を拝領したのは有名な話だ。ある晩初代主人が伊藤博文と大磯の松林を散歩していた折に、伊藤が「かねてから心に決めていた料亭はここにしなさい」とすすめ、ちょうど高く上る月を眺めながら「松月」と命名したのだという。その後、松月は明治から令和の今にいたるまで家族経営で看板を守ってきた。加賀の料亭で修行を積んだ4代目の現主人が作り出す料理は、伝統と新しさの融合。座敷席でいただく料理には決まった品書きはなく、予約の際の打ち合わせでそれぞれの用途や好みにあわせた献立が決められる。料理だけでなく食事をする空間にもこだわっており、座敷席は掛け軸などの調度品にも気配りが行き届き、四季折々に表情を変える中庭も眺められる。中庭の向こうにあるのはお茶室。茶会や祝いごとの茶事などに広く使われている。

数寄屋造りの老舗料亭は大磯駅から徒歩30秒という近さ

中庭を眺めながら食事ができる座敷席は完全予約制

お茶室は座敷席から見える中庭の向こう

四季を大切にしたミニ懐石に舌つづみ

老舗料亭だから、と尻込みして素通りするのはもったいない。この歴史ある老舗の料亭では椅子席で気軽にランチを楽しむこともできる。開業90周年時に1年休業し、店舗を全面改装。当時調理場だったスペースを椅子席にした。席に空きがあれば、予約なしでもランチをいただける。おすすめは先付から水菓子まで付く「月替わりミニ懐石」だ。季節の厳選素材を最大限に生かした見た目にも美しい料理の数々に感動するが、椅子席ということもあって、初めての懐石料理でも気負うことなくいただくことができる。物腰のやわらかい4代目女将が食材、調理法など気になることはなんでも教えてくれるので、わからないことは聞いてみてもいいだろう。ミニ懐石のほか、天重やうな重、おしるこ、粟ぜんざいの甘味など、単品メニューの用意もある。夜の椅子席は予約のみで、8800円とおまかせの1万2000円～の2コース。予約をすればこちらのコースはランチの時間帯にも楽しむことができる。

ランチは玄関を入ってすぐ左、改装後にできた椅子席で

初代総理大臣・伊藤博文が愛した卵焼き

伊藤博文の大好物「松月の玉子焼」は創業時から変わらない伝統の味で、100年経った今なお地元の人々に愛される大磯名物。少し甘めの卵焼きに、レモンを飾り醤油を少し垂らした大根おろし「染め卸し(そめおろし)」を添えるのが初代総理大臣の好みだったという。店内でいただくできたての味は格別だが、冷めてもおいしいのでお土産にもぴったり。観光や海水浴で大磯に訪れた際も駅前という地の利を生かし、駅に着いてすぐオーダーしておけば、帰りの電車の時間にあわせて待つことなく受け取ることができる。伊藤博文が愛したおいしい卵焼きは大磯ならではのお土産だ。

椅子席でもオーダーできる名物「松月の玉子焼」は熱々の焼きたて。1人前800円

悲喜こもごも、長い年月のなか、はぐくまれてきた老舗

歴史を刻んできた老舗は、現主人の作り出す料理には加賀での修行が生き、次世代の若女将も店に立ち、さらに日々を重ねている。初代総理大臣伊藤博文や数々の要人たち、また明治から昭和の時代に活躍した日本画家・安田靫彦(やすだゆきひこ)などをもてなした華やかな歴史がある一方、関東大震災などの天災だけでなく、今回のコロナ禍でも厳しい状況に見舞われた。そんなときでも松月は腐らずに工夫を凝らして乗り切ってきた。コロナ禍で店に客を入れられない状況下では「松月のまかない弁当」を2000～3000円で毎日販売し、名料亭の主人が一つひとつていねいに仕上げたお弁当を食べられると好評を得た。普通営業に戻った現在は販売を終了しているが、ひと箱のお弁当のなかにどのようなかたちで松月らしさが詰め込まれていたのだろうと、あれこれ想像をめぐらせながら店をあとにした。

ランチは11時30分開店。仲居さんが出迎えてくれた