天神橋

大阪天満宮が橋名の由来。のんびりできる芝生の広場も

豊臣秀吉公の時代に初めて架けられた橋で、天神祭の「船渡御(ふなとぎょ)」のスタート地点としても知られるスポット。橋の下にある剣先公園は芝生の広場となっており、川沿いの「水都大阪」らしい風景をのんびりと楽しむことができる。

全長210.7mの、3連アーチ橋 全長210.7mの、3連アーチ橋

大阪天満宮=天神さんが管理していたことが、橋名の由来

大阪市北区天神橋1丁目と、大阪市中央区北浜東を結ぶ橋で、天神祭の「船渡御」のスタート地点にもなっているスポット。剣先公園(けんさきこうえん/中之島公園の東端にある広場)をまたぐように架けられており、剣先公園の北側には堂島川が、南側には土佐堀川が流れている。架橋は1594年(文禄3)とされており、天神橋の名がついた由来は、もとは大阪天満宮=天神さんが管理していたことから。その後、幕府が直轄管理する公儀橋となり、難波橋、天満橋とともに浪華三大橋と称されるようになった。

天神橋の南詰に天神橋交差点があり、ここより北が天神橋筋、南が松屋町筋となる 天神橋の南詰に天神橋交差点があり、ここより北が天神橋筋、南が松屋町筋となる

時代とともに架け替えられ、昭和の初めに現在の姿に

明治初期までは木製の橋で、幾度となく架け替えられていたという天神橋。それが1885年(明治18)年の淀川大洪水によって流失したのち、1888年(明治21)に、ドイツ製の部材をおもに用いた鋼製のトラス橋(三角形になるように接合した骨組みで造る橋)に架け替えられたという。ちなみに、天神橋の北詰にある「天神橋」の橋名飾板は、当時の橋の橋門の上に設置されていたもの。現在の橋の姿になったのは1934年(昭和9)で、松屋町筋の拡幅に合わせて新しくしたのだそうだ。

大阪の発展を見守ってきた橋名飾板。歴史の重みが伝わってくる 大阪の発展を見守ってきた橋名飾板。歴史の重みが伝わってくる

川沿いの景色を眺めながら、水都大阪の風情を感じて

天神橋の架かる剣先公園は、美しく整備された芝生の広場となっており、旅の途中でコーヒーを飲みながら、ひと休みするにもぴったり。橋の中間辺りにらせん形のスロープがあるので、そこから降りて公園内に入ることができるようになっている。ちなみに、ここから中之島公園内を西に向かって15分ほど歩けば、淀屋橋駅周辺に到着するので、旅のプランのご参考に。

堂島川と土佐堀川が合流してからの川の名は、大川(旧淀川)となる 堂島川と土佐堀川が合流してからの川の名は、大川(旧淀川)となる

スポット詳細

住所
大阪府大阪市北区・中央区
電話番号
0666156818

情報提供: ナビタイムジャパン

アクセス

最寄り

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