八日町通り

散策のBGMは、心地良いリズムを刻む木彫りの槌音

瑞泉寺の門前町であり、木彫刻の拠点として発展した八日町通り。100m弱の石畳の通りには町家や彫刻工房、酒造店などが並ぶ。どの家にも木彫りの看板や表札が掲げられ、さながら美術館のように多彩な木彫刻を楽しめる。

八乙女山麓の瑞泉寺までなだらかな坂道が続き、格子戸のある町家が軒を連ねる

井波は寺院建築に腕を振るった宮大工の技を源とする、日本の木彫刻の一大拠点だ。地域の歴史的魅力や特色が高く評価され、2018年(平成30)には「宮大工の鑿(のみ)一丁から生まれた木彫刻美術館・井波」として日本遺産に認定された。八日町通りでは、11軒の工房で16人の彫刻師が制作に励む。西村宜繁さんはその一人で、通りの入り口近くに工房を構え、干支の置物や欄間の制作に汗を流していた。井波の彫刻師は「仕上げ100本、たたき100本、200本の鑿(のみ)を操る」といわれ、大量の道具を使い分けながら複雑で緻密な作業をこなす。西村さんは井波の伝統を踏まえながら、さらに新たな作品にも意欲をみせる。各工房をのぞきながら通りを歩きたい。

オリジナルの「漫画風フィギュア」など、西村宜繁さんは遊び心を生かした作品も手がけている

左から干支の置物(寅)、おわら風の盆のストラップ、富山の天神様

八日町通りを歩くと、かすかな木の薫りとともに、トントンと鑿と木が心地良いリズムを刻む音が耳に届く。この木彫りの音は1996年(平成8)、環境省による「残したい日本の音風景100選」にも選ばれている。井波でしか味わえないリズムは、気分を盛り上げる格好のBGMだ。さらに、散策を楽しくしてくれるのが、ゲーム感覚の「ネコ探し」である。従来からある七福神や十二支の彫刻に加えて、通りのあちこちに招きネコや魚をくわえた姿など、個性も表情も実に豊かな29匹のネコたちが隠れている。まずは、ネコの彫刻を探し歩くための「木彫りにゃんこ・お散歩マップ」を手に入れて、自分好みのネコを見つけることから始めてみよう。

ネコ探しは家族連れに人気だ(イーナは交通広場にいるよ)

若駒酒造場は、井波地域で唯一の酒造所である。通り周辺には江戸時代から残る蔵があり、かつて醤油醸造用だった蔵を譲り受けて、1889年(明治22)に創業した。専務の清都英雄(きよとひでお)さんは6代目にあたり、杜氏と試行錯誤しながら地元の水と米にこだわった酒を造り続けている。水は庄川上流の豊富な伏流水で、米は南砺市産の酒米「山田錦」と「五百万石」を中心に使う。さらに、椿の里として知られる南砺市の旧井口村で栽培された椿の花から酵母を抽出して造り上げた「萌(めぐみ)」は、水も米も麹も徹底して南砺産にこだわった花酵母独特の酸と甘みのバランスがとれた酒だ。若駒はいずれも飲み飽きない辛口で、どのような料理とも相性が良い。店内では無料で試飲もできる。

創業から120年を超える老舗。入り口付近には、かつて馬の手綱を結わえたという鉄輪が残る

写真左から米のうまみを感じる純米吟醸酒「八乙女」と椿の酵母を使った「萌」、辛口純米酒「若駒」

八日町通りなかほどの富山銀行から1路地分奥に入った「笠の緒こみち」にあるのが、蕎麦処「茶ぼーず」だ。地産地消を謳い、自家栽培した地元南砺市山斐(やまひ)産のそばを100％使い、独学で学んだ手打ちで提供する。そばに添える天ぷらに使う野菜も、自らの畑で育てたものだ。作りたてを供するため多少待ち時間はあるものの、客席から厨房が見渡せるため、さほど苦にならない。元遊郭という店舗も趣十分だ。店舗のそばには、松尾芭蕉の遺髪をもらいうけて築いた「翁塚」をもとに1810年(文化7)、加越能の俳人らが建立した黒髪庵がある。方形の茅葺きの芭蕉堂は、小ぶりながら歴史の重みを感じさせ、今も全国から訪れる俳人が絶えない。

天ぷらそば1400円。添えられるゴボウ、サツマイモ、カボチャなどの天ぷらも自家製だ