菓子屋横丁

通り

素朴な菓子店が並ぶ昔懐かしい雰囲気の小さな横丁

川越の町歩きでは外すことのできない場所が菓子屋横丁。子どもが大喜びの駄菓子専門店や、手作りで素朴な味わいの飴を売る店など、大人も子どもも楽しめる菓子店がずらりと軒を連ね、趣ある建物の町並みも美しい。小さな通りなので気軽に訪れてみたい。

昭和の雰囲気を色濃く残す人気スポット 昭和の雰囲気を色濃く残す人気スポット

ノスタルジックなお菓子の香りが漂う小路

蔵造りの町並みから路地を入り、しばらく歩いたところにある菓子屋横丁。立ち止まらずに歩けばわずか5分程度の短い通りだが、約20店舗の菓子屋がずらりと並んでおり、どこか懐かしく甘い香りが漂っている。昔から伝統的に菓子屋の並ぶ通りで、製造も行っていたが、現在製造から行う店舗は数えるほどで、さまざまな菓子を取り寄せ販売のみ行う店がほとんどとなっている。それでも懐かしい雰囲気は健在で、川越観光では欠かすことのできない人気スポットとなっている。

着物を着て散策する人の姿も 着物を着て散策する人の姿も

手作りの飴や伝統菓子に胸がときめく

菓子屋横丁で楽しみたいのはもちろん食べ歩き。今なお店舗で手作りされている色とりどりの飴や、名物のサツマイモを使った饅頭、そして駄菓子専門店に勢ぞろいする駄菓子の数々。ほかにもわらび餅やソフトクリームも人気だ。時代の流れとともに建て替えが進むなか、今でも昔ながらの店構えを見せる店が数軒点在し、なかには創業100年を超える店も。おばあちゃんが対応してくれる店もあり、お腹だけでなく心も満たされる時間になるはずだ。

熟練の技を見学できる手作り飴の店 熟練の技を見学できる手作り飴の店

長さ95cmの麩菓子は横丁の名物 長さ95cmの麩菓子は横丁の名物

菓子屋が集まったのはなぜ?

横丁の起源は江戸時代末期にさかのぼる。1796年(寛政8年)に鈴木藤左衛門が駄菓子を製造・販売したのが始まりといわれており、多くの弟子を育てのれん分けしたことで、菓子屋が増えていった。関東大震災で大きな被害を受けた東京に代わって、菓子作りは最盛期を迎え、昭和初期には70~80店舗がひしめいていたという。その後の時代の流れとともに店舗数が激減し、わずか5店舗にまで減少したこともあった。現在は20軒まで増え、平成13年には環境省の「かおり風景100選」に選ばれている。

昭和初期には遠方からも仲買人が買い付けに来て大いに賑わった 昭和初期には遠方からも仲買人が買い付けに来て大いに賑わった

かつては飴屋横丁とも呼ばれた

ここは別名「飴屋横丁」とも呼ばれており、飴屋を中心に発展してきた通りだった。その名残として残っているのが、現在も昔ながらのたたずまいを残す玉力製菓や松陸製菓などの店。市松模様や梅の花など、さまざまな模様の入ったカラフルな飴が小分けにして売られており、その美しさに思わず手が伸びる。一番街から菓子屋横丁までの路地にも、隠れ家的な店が点在しているので一緒に楽しむとよいだろう。また、横丁のすぐ裏には鎌倉時代から続く養寿院がある。

石畳と古い建物がノスタルジーを掻き立てる 石畳と古い建物がノスタルジーを掻き立てる

スポット詳細

住所
埼玉県川越市元町2-7

情報提供: ナビタイムジャパン

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