倉敷児島の国指定重要文化財「旧野崎家」観光で知る江戸の歴史


2019.01.11

LINEトラベルjp 旅行ガイド

岡山県倉敷市は美観地区に代表される観光地として知られます。そんな倉敷の児島地区は、国産ジーンズ発祥の地、瀬戸大橋の玄関口として知る人ぞ知る場所。そこにあるのが、国指定重要文化財の旧野崎家住宅なのです。
江戸時代に製塩業と新田開発で大成功をおさめた野崎家。今に残る見事な旧宅は倉敷でも必見の観光スポットです。見事な邸宅と豪商の歴史を巡りましょう。
見どころが多い旧野崎家住宅
岡山県倉敷市のJR児島駅から徒歩約7分と近い距離にあるのが「旧野崎家住宅」です。
南座敷であった場所が長屋門となり、そこが入場口です。見事な作りの門を眺めるだけでも、どれだけの大成功であったのかを体感できることでしょう。
長屋門を入り、すぐに左折して旧野崎家の観光コースが始まります。左に見えるのが御成門ですが、基本的に閉ざされています。当時からこの門は通常の出入り口として使われるものではなく、殿様が使った特別な門でした。
閉ざされた御成門を左側に見ながら直進しましょう。すると正面に見える門の左にあるのが「さざれ石」です。国家「君が代」の歌詞に出てくる石であり、誰もが知っている石。しかしながら、日本中の著名な場所に置かれており、これが唯一、ということではありません。
さざれ石は、10世紀の勅撰和歌集となる「古今和歌集」の中での詠み人知らずによる和歌が最初。長い歴史があるのです。
表書院とお駕籠石
さざれ石近くの門を潜り抜けると、右側が表書院です。
表書院の前にくると、その大きさに迫力さえ感じる丸い岩。他とは明らかに異なっているのですが、どのような意図で設置されたのでしょう。
これは「お駕籠石」と呼ばれており、御成門から入った殿様の駕籠を置くためだけに設置された岩なのです。その大きさもさることながら専用の石を置く発想そのものが、さすが大成功を収めた豪商と感じられます。
旧野崎家住宅と飾り雛
旧野崎家の歴史ですが、江戸時代後期に製塩業と新田開発で財を成した野﨑武左衛門が築いた住宅です。敷地面積3,000坪、建物延床面積1,000坪近くになり、それがほぼ当時のまま残されていることそのものが全国的に珍しく、国指定重要文化財となっているのです。
旧野崎家住宅の観光を春におこなうと、江戸時代から残されている飾り雛を見ることが出来ます。飾り雛展は例年、2月上旬から4月上旬まで。天保から嘉永年間に、次々と作られ拡張していった旧野崎家住宅の佇まいの中で古い飾り雛を眺めると、そこはまさに江戸時代だと感じることが出来るのでは。
なお、その他の時期でも様々な企画展示が行われますので、様々な楽しみ方が可能です。
庭園の美しさ
苔が美しい庭園。表書院から観光コースの中座敷まで、枯山水の見事な景観を楽しむことができます。
庭の中の高台には、さすが製塩業で大成功しただけあり、名前に塩が付く「塩がま神社」も。
和の美しさを時間の許す限り、楽しんでみて下さい。
野崎家塩業歴史館と中庭で知る様々な歴史
見事な石垣を左に見ながら奥に進みましょう。
左角奥の味噌納屋から右に進むと、岡蔵、大蔵の二つを含む野崎家塩業歴史館に抜けます。企画展を行っている場合、こちらの歴史館で一部を展示していることがあります。通常展示では、製塩業で使用していた様々な道具を見ることが可能。
ではなぜ、製塩業となったのかですが、この付近の土地は塩分濃度が高く、稲作には不適で不毛の地と呼ばれていた時代が長く続きました。
そこで、どうせなら塩を精製してはどうかとなり製塩業が営まれたのです。それに合わせて土地を改良していき、新田開発としても大成功を収めた野崎家の歴史。その経緯を学ぶことができる展示館ですので、時代を感じながら観光して下さい。
歴史館から観光コースに従い、出口方向に進むと中庭に出ます。そこにある巨大な分銅に見える石ですが「溜石」と呼ばれ、一つの重さは60kgにもなるのです。
これは塩を煮詰める時に使用する石炭の重量を測るために使われました。まさに昔の分銅そのもの。大量に並んでおり、塩の精製だけではなく、溜石を運んだ人たちの苦労が伝わってくるのではないでしょうか。
最後に、旧野崎家だけではなく倉敷は付近を含めて様々な見どころ、楽しみどころがあります。下記の関連MEMOに掲載していますので、ぜひ旅行の参考としてみて下さい。 

旧野崎家住宅
rating

4.0

43件の口コミ
place
岡山県倉敷市児島味野1-11-19
phone
0864722001
opening-hour
9:00-16:30(17:00閉門)

この記事を含むまとめ記事はこちら