山裾に佇む宿、大阪「あまみ温泉 南天苑」は辰野金吾による幻の和風建築


2018.09.21

トラベルjp 旅行ガイド

大阪なんば駅から電車で38分、幽玄な温泉宿「あまみ温泉 南天苑」に到着です。
ここは、明治を代表する建築家、辰野金吾設計の建物。代表作、東京駅に見られる赤煉瓦と石を使った西洋建築が有名ですが、ここは希少な和風建築。日本で現存するのは「奈良ホテル」と「武雄温泉新館・楼門」、そしてここだけ。
まさに歴史的価値のある旅館、是非、この空間に身を委ねて日本美を感じてみて下さい!
大阪とは思えない長閑な風景と響き合う、凛とした日本建築
緑深い山並みと田園風景が広がり、都心とは違う澄んだ空気を感じます。
駅から案内板通りに歩くとすぐ、和風建築らしい、瓦が綺麗に見える入母屋屋根と赤い太鼓橋が見えてきます。
この建物、元は1913年(大正2年)に堺市大浜に東洋一の娯楽施設として建設された『潮湯』の別館、『家族湯』部分。それを1935年(昭和10年)に天見に移築、ある料亭の別館として利用されていました。
その後、現「南天苑」御主人のお父様のご実家が温泉旅館をされていたご縁でお声がかかり、温泉が湧く天見の地を活かし、1949年(昭和24年)12月8日に温泉旅館として開業するに至ったのです。
名建築家、辰野金吾が珍しく手掛けた数寄屋造り。“数奇屋”は“茶室”のことで、“茶室風の、華美なものを排除し簡素で洗練された建築様式”を意味します。
茶室から派生した様式を携えた建物は、原点であるお茶の世界を一つの芸術にまで高めた千利休と、実は同じ空気を紡いでいたのです。
千利休は堺で生まれ、今でも屋敷跡が「南天苑」の元の建物があった大浜近くにあります。時代を超えた、ご近所さんだったというわけです。そんな歴史を知ると、玄関先の苔むした手水鉢(ちょうずばち)にも、お茶の心を感じますね。
日本庭園は3000坪もあり、背後の山々も借景となり深々たる自然を構築しています。庭先に立つと、また違った表情の建物があり、いつまでも見ていられます。
どこから眺めてもここにしかない景観を愛でることができる、まさに茶の湯の精神“建物を囲む自然との融合”が現実に在る、数奇屋造りらしい美観です。
当時のまま残る客室「泉灘」は見惚れてしまう完成度
辰野金吾が設計した、オリジナルが残っている客室の一つ「泉灘(いずみなだ)」です。
元々、先代が引き受けた時点では建物の詳細は不明、敷地には背丈ほどの草が繁る荒れた状態。草刈作業から始め、建物の改装にも着手します。聞きつけた当時の市長が慌てて作業を中止、建物の重要性を知ることになったのです。
その後、口承されてきましたが、2002年(平成14年)に明治建築研究会が調査をし、辰野金吾設計であることを証明。翌年、国の登録有形文化財に指定されたのです。
もしあの時、市長が飛んで来なければ、本当に幻となっていたかと思うと現存する客室の貴重さが身に沁みてきます。
6月から9月は障子の代わりに、簾を嵌めた建具の簾戸(すど)が入ります。日本らしい素材と意匠で庭と共に、古き良き日本に出会えます。
旅館に泊まって嬉しいのは、床の間があることです。この小宇宙を目の当たりにすると、日本人であることが誇らしく思えてきます。
穏やかな色合いでまとめられた川合玉堂の掛軸“清陰釣客”に、川辺の風景に続くかのように摘まれ活けられた野の花。敷地内にある天見川の光景が重なり、晩夏から初秋へと移ろいゆく季節に想いを馳せる、そんな時が揺れ動いています。
夜には、玉堂の掛軸の前で眠るかと思うと、贅沢な一夜に感謝しかありませんね。
「泉灘」は2部屋ありますが、元々、別の部屋だったものを水廻りを増築する際に一つにしています。
右の扉が化粧室の入口で、茶室において給仕をする出入口である“火灯口(かとうぐち)”を思わせるデザインに。上部アーチも塗り固める手法に倣って、枠材は使用されていません。壁面下部の白い和紙は、着物が壁にふれて傷まないように貼られた“腰張り”の仕様ですね。
掛軸と生け花文化は千利休によって世に定着し、こちらの御主人もお茶を点てられるので“侘び寂び”の心が繋がり、清閑な通路空間ができたのでしょう。
南北朝時代の1336年頃が起源とされる、河内長野最古の温泉
お湯は天然ラジウム泉で新陳代謝が良くなり、神経痛や関節痛、疲労回復などに効果があります。かつては湯治場としても栄え『極楽温泉』と呼ばれていたことから、いかに身体に良いお湯だったかが分かります。
温泉で温まったら「囲炉裏の間」で休憩を。御主人が収集している骨董品が並び、独特の雰囲気です。ガラスケースのない美術館のようで、珍しい壺も間近で見られますよ。
夕方の温上がりに、庭で涼むのもオススメです。刻々と過ぎ行く閑寂な時間を目で見て肌で感じ、生物が奏でる鳴き声は日本の原風景そのもの。
室内の明かりと木造の色味のコントラストが徐々に強くなり、それが映り込む池も含め、和風建築の美しい瞬間を実感できます。
地元の食材を取り入れた、季節を感じる個性的な会席料理
【夕食】は、お部屋で頂きます。
『先付』は、小皿に盛られた3種の前菜と食前酒が一つのトレイに並んでいます。“松茸と春菊の和え物”に“鮎の甘露煮”“黒毛和牛のウニとイクラのせ”と素材のバランスが良く、加えて山間部の島の谷地域で採れた“天見産ブルーベリー”の手作り酒。
中でも変わった組み合わせの黒毛和牛は、ウニがソースになり、イクラのプチプチ感が程よい歯応えで、斬新な一皿となっています。
『向付』のお刺身は、なんと柿の絵を描き始めた12代柿右衛門の作品。1918年以降に制作されたもので、建物と同年代という素敵な組み合わせ。
柿右衛門独特の赤い柿の実に、マグロやカンパチの赤色が呼応し、まるで花が咲いたかのよう。白地部分が生かされ、華やかさ宿る一皿に。
また、座卓も希少な“堆朱(ついしゅ)塗り”です。漆を塗って乾燥させ削る、という非常に手間のかかる工程を繰り返して柄を出すので、職人技が光っています。
年代物の器や家具は飾るのではなく「実際に使って欲しい」という御主人と女将さんの想いによって、この上ない食事の時間を過ごせます。
【朝食】は健康的なメニューで、注目は“お米”です。
「南天苑」から、ひと山越えた棚田で栽培される“惣代米(そしろまい)を使用。過疎化で消えかけた田圃を『里山ひだまりファーム』の方が受け継ぎ、地元のお米が生き続けています。一粒一粒がしっかりと、弾力のある活き活きとしたお米です。
他に、出汁巻きの卵は南河内『タナカファーム』の“喜味の鶏子”、煮物には『大谷』の“奥河内こんにゃく”など地産地消を大切にした、こだわりの食材ばかりです。
館内や庭園にも、かつての想いや息吹が吹き込まれたデザイン
客室だけではなく、館内随所に趣向が凝らされた素材の組み合わせや細工があります。大工さんでも判別できないほど、多種類の材料が使われ現存。
中でも、2階の階段まわりは見事です。当時のままの状態で、屏風や照明などが加わり、艶やかな空間になっています。
「泉灘」のお部屋からは、庭園へ直に行けます。
窓ガラスをよく見ると、微妙な歪みが。まさしく昔のままのガラスで、技術が発達していない頃の面影が残ります。今、これを作ろうと思うと難しいくらい、貴重なガラスです。
旅館の名称「南天苑」は植物の“南天”から命名。天見は“南天”の産地なのです。また、“南天”が“難転”と読めることから“難を転じて福となす”という縁起の良い木とされています。
やはりここに訪れたら、起源である縁起木“南天”を見ないと帰れませんね! 

read-more
あまみ温泉 南天苑
place
大阪府河内長野市天見158
phone
0721688081
すべて表示arrow

和室 ツインルーム(共同バスルーム)

¥16,500

arrow icon

2024/05/10 チェックイン(2名1室)※1泊1名あたりの料金   更新日:2024/04/27

この記事を含むまとめ記事はこちら