歴史ある大名庭園!広島「縮景園」は緑豊かな都会のオアシス


2019.02.07

トラベルjp 旅行ガイド

広島市の中心部にある「縮景園(しゅっけいえん)」は、江戸時代に作られた歴史ある庭園。高層ビルが立ち並ぶなかで、一年を通して様々な草花を鑑賞できる縮景園は、まさに都会のオアシスという言葉がぴったりのスポットです。
ぜひみなさんも、一度足を運んでみて、癒しの時間を過ごしてみてください!
江戸時代に造られた大名庭園
広島藩主の浅野長晟(あさのながあきら)が、元和6年(1620年)に別邸として作庭を命じたのが、こちらの縮景園。当初の作庭者は、浅野家の家臣であり、茶人としても名高い上田宗箇(うえだそうこ)。
宗箇は武勇に秀でた武将でありながら、茶の湯や造園に精通した文化人として知られています。戦いの最中、敵の到来を待ちながら、竹を削って茶杓を作っていたというエピソードがあるほど、大胆さと繊細さを兼ね備えた人物だったんです!
縮景園は、中国の景勝地「西湖(せいこ)」を模して造られ、様々な絶景を縮めて表現していることから、その名前が付けられたと考えられています。
園内には一年を通して、様々な花が咲き乱れ、春の桜や梅はもちろんのこと、冬でもサザンカや寒牡丹といった花々を楽しむことができます。
また、縮景園には少なくとも4,826本の樹木があると言われ、多くがクロマツやクスノキなどの常緑樹が占めています。そのため、冬に訪れても緑に溢れた美しい景色を見ることができるです。
巨大な池をたたえる都会のオアシス
縮景園の中央には「濯纓池(たくえいち)」と呼ばれる巨大な池があり、その周りに茶室や休憩所などの建物が配置されています。これは池泉廻遊式庭園と呼ばれ、園内を歩きまわり、様々な位置から風景を鑑賞できるのがポイント。江戸時代には、縮景園をはじめとする広大な敷地を持つ庭園が、各地の大名たちによって造営されたんです。
昭和20年(1945年)に投下された原子爆弾によって、一時は壊滅的な状態になった縮景園ですが、1970年代までには復元され、もとの美しい姿に。広島の町とともに復興を遂げ、現在は周辺に高層ビルが立ち並ぶ、都会のオアシスとなっています。
縮景園での必見の建物はコレ
園内を散策していくうえで、見逃せない建造物が、こちらの「跨虹橋(ここうきょう)」。天明6年(1786年)に竣工した、石製のアーチ橋です。池を横断するように架けられた下部の石橋を含めると、その長さは。なんと27.4メートルにもなるんです。
7代藩主の浅野重晟(あさのしげあきら)が、京都の名工を呼んで2度も作り直させたと伝わるこの跨虹橋は、縮景園のシンボルの1つとしても知られています。
そして、もう1つ見逃せないのが、正面入ってすぐの位置に佇む「清風館(せいふうかん)」。1964年につくられた比較的新しい建物ですが、木造平屋建ての重厚感のある雰囲気が特徴的です。
自然との調和を重視した数寄屋造りの建物で、屋根は木材の薄板を敷いた、こけら葺きと言われる手法で作られています。縮景園のなかで最も大きい建物で、この清風館を基準に、茶室などの配置が決められたほど、大切な施設となっているんです! 

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縮景園
rating

4.5

1095件の口コミ
place
広島県広島市中区上幟町2-11
phone
0822213620
opening-hour
9:00-18:00(30分前まで入園可)…
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