ほっこり!松江・松平不昧公ゆかりの「明々庵」でお茶を一服


2018.05.10

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明々庵(めいめいあん)は大名茶人・松江藩第7代藩主松平不昧公(ふまいこう)が1779年に建設した茶室で、当初家老の屋敷に建てられましたが、その後東京の松平邸へ移築され、1966年不昧公没後150年の記念事業として現在地に移築されました。
明々庵からは、松江城を同じ高さから眺められ、茶室を見学後は不昧公命名の銘菓と共に抹茶を頂くが出来ます。お茶室と庭園を眺めながら、あなたもほっこりしてみませんか?
明々庵の場所は?
明々庵は松江城の北側、内堀に面した塩見縄手の通りから少し入った丘の上にあります。塩見縄手は武家屋敷が建ち並ぶ、江戸時代の城下町の佇まいを今に残す風情のあるエリア。この一角には、怪談「耳なし芳一」や「雪女」の作者として有名な小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の旧居などもあります。
塩見縄手から少し入り、お屋敷町を抜けて坂道を上りかけた所に、明々庵の入口があります。柴垣を右手に眺めながら緩やかな石段を上って行きましょう。
石段を上ると小さな庭があり、そこから松江城が目の前に見えます。明々庵は丘の上にあるので、天守閣が目線とほぼ同じ高さに眺められる穴場です。
明々庵の露地
お城を眺めた後はいよいよ明々庵へ。入口でチケットを購入すると、建仁寺垣(けんにんじがき)で出来た露地門へと、飛び石がいざなってくれます。
露地門を潜り抜けると、茶室に付随する庭である露地に出ますが、前方に休息所の待合が見えて来ます。
待合には砂雪隠(すなせっちん)も設けられています。ただしこれは飾雪隠(かざりせっちん)ともいわれ、実際には使用せず、客はこの雪隠つまりトイレを拝見して、茶室の亭主の行き届いた心配りに触れるためのもので、茶室造りではお約束ごとの一つです。
不昧公好みの茶室
1779年に建設されたこの茶室は、厚い茅葺(かやぶき)の入母屋造りで、二畳台目(にじょうだいめ)という丸畳二畳と台目畳一畳で構成された茶席と、四畳半の席が組み合わされた間取りになっています。緩やかに曲線を描く飛び石の先に、茶室独特の躙口(にじりぐち)と呼ばれる小さな出入り口が見えます。
本席の茶室には床の間に不昧公直筆の「明々庵」の額が掲げられています。茶室造りには色々細かな決まりごとがあり、二畳台目の茶室は通常中柱を立て、炉を客畳に切るのが定石であるのに対し、明々庵は中柱もなく炉も点前畳に切るなど、定石に囚われない不昧公好みの様式になっています。
明々庵は二畳台目の本席が茅葺に対し、隣の四畳半の席は瓦葺の屋根になっていて、変化に富んだ造りです。
明々庵四畳半の席
四畳半の席は貴人口(きにんぐち)のある席です。頭を屈めないと入れない躙口に対し、身分の高い客の出入のために設けた、立ったまま入れる出入口です。
貴人口のある席には四畳半切(よじょうはんぎり)と呼ばれる形で炉が切ってあり、二畳台目、四畳半それぞれの席に、水屋、台所が備えられています。
炉に置かれた釜は、味わいのある風情を醸し出しています。
明々庵を眺めながらお茶を一服
ここでは同じ敷地内にある百草亭で、明々庵の建物や庭を眺めながら抹茶を頂く事が出来ます。
今見学して来たばかりの明々庵の建物を正面に眺めながら抹茶を頂くのは、とてもゆったりした時間が流れ、余韻を楽しめるひと時です。
百草亭では不昧公が命名し、松江三大銘菓として知られる「若草」「菜種の里」を抹茶とともに楽しめます。「若草」はもち米を求肥に練り上げ薄緑の寒梅粉をまぶして若草の様に仕上げ、「菜種の里」は春の菜の花畑に白い蝶が飛びかう様を表した落雁です。
また同じく不昧公が命名し、日本三大銘菓の一つにも数えられる「山川」は紅白一対で、赤は紅葉の山、白は川のせせらぎを表現したしっとりした落雁で、この三種の詰め合わせがお土産として販売されています。
どれも上品な味で、不昧公も味わったお茶席にピッタリの菓子と抹茶を味わいながら、あなたもほっこりした時を過ごしてみませんか。 

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明々庵
rating

4.0

53件の口コミ
place
島根県松江市北堀町278
phone
0852219863
opening-hour
[4-9月]8:30-18:30[10-3月]8:3…

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