2016.6.20更新
文壇の登竜門「直木賞」で有名な大阪生まれの直木三十五の記念館
直木三十五記念館
芸術・文化施設
直木三十五は「直木賞」で知られる作家ですが、彼自身についてはあまりよく知られていません。本名は植村宗一。明治24年(1891)大阪市南区内安堂寺町に生まれ、この記念館の隣にあった小学校に通いました。やがて代表作「南国太平記」で一躍人気作家としてその地位を確立しましたが、43歳の若さで生涯を閉じています。
展示品の数々で直木三十五の破天荒な人生がわかる
「直木賞」でよく知られる作家、直木三十五。「なおきさんじゅうご」と読みますが、名前にはエピソードがあり、直木が31歳になったとき、「直木三十一」とし、その後は「三十ニ」「三十三」と変え、「三十五」で落ち着いたそうです。知ってましたか?
直木は早稲田大学中退後、出版事業を興したり、雑誌の編集、映画を制作するなど多彩な活動を行い、そして時代小説、大衆小説を多く執筆しました。病気や借金を抱えながら、無頼で破天荒な人生を送っています。「直木賞」は友人の菊池寛らが設立し、現在まで続いているというわけです。
この記念館は、直木が晩年に自分で設計した家(横浜に現存)をモチーフにしたもの。内壁やトイレ、浴室が黒で統一されていたことから、“黒い部屋”となっています。ここには直木の作品をはじめ、生誕から小学校、中学、高校、大学時代のもの、さらには流行作家時代の遺品などが展示されています。また、書斎の雰囲気も再現されていて、直木の視点を感じ、くつろげる記念館になっています。
直木三十五記念館の基本情報
住所 | 大阪府大阪市中央区谷町6-5-26 |
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アクセス | 市営地下鉄谷町線「谷町6丁目」駅2番出入り口より徒歩2分 市営地下鉄長堀鶴見緑地線「松屋町」駅3番出入り口より徒歩5分 |
お問い合わせ | 06-6767-1906 |
この記事を紹介した人
大谷 ゆうた
行き慣れた場所やよく行くお店も少し視点を変えると、発見が沢山ある。そんなちょっとしたニューワールドを紹介しますね。
たまには普通行かない場所とか地元の人しか知らないスポットとか行ってみたくないですか?別にひねくれてるわけじゃないですよ?