女人高野

日本遺産に認定された、女性の願いを集める聖地

開創当時から女人禁制であり、女性の立ち入りが厳しく制限されていた高野山。唯一女性たちが自由に参拝できた寺院を「女人高野」と称し、高野山へ行けない女性たちの信仰を多く集めていた。

女人高野を代表する「慈尊院」は女性の信仰を集める 女人高野を代表する「慈尊院」は女性の信仰を集める

かつては女人禁制だった高野山

816年(弘仁7)に弘法大師によって開かれた高野山。開創当初から「女人結界」が定められ、女性の立ち入りが禁止されていた。これは、不邪淫戒という戒めにより、修行者を律するためのもの。それでも弘法大師と縁を結びたいと、入山できない女性たちの参拝を受け入れていたのが「女人高野」と呼ばれる寺院だった。代表されるのが、1000年以上女性の願いを聴き続けてきた和歌山・九度山の「慈尊院」をはじめ、奈良・宇陀の「室生寺」や大阪・河内長野の「金剛寺」、そして和歌山・高野山の「不動坂口女人堂」だ。2020年(令和2)には、女人高野にまつわるストーリーが文化庁から日本遺産に認定された。

「女人高野」のひとつ「慈尊院」 「女人高野」のひとつ「慈尊院」

「慈尊院」の境内から、かつて女人堂のあった大門に続く町石道が始まる 「慈尊院」の境内から、かつて女人堂のあった大門に続く町石道が始まる

女性が祈りを捧げるための「女人堂」

1872年(明治5)に女人禁制が解かれてもなお山規があり、女性が住めなかった高野山。実際に住めるようになる1904年(明治37)頃まで、入山できない女性たちが高野山に祈りを捧げるためにと建てられたのが「女人堂」だ。高野山の参詣道は7つあり、それぞれの道を上りきった場所に、女性の籠り堂として女人堂が建てられた。今も現存しているのは、不動坂口に残されている女人堂のみ。かつては全国から訪れた女性参拝者が険しい参詣道を上って女人堂へと集まり、夜通し手を合わせて祈り続けたという。

女人堂のなかで唯一現存する「不動坂口女人堂」 女人堂のなかで唯一現存する「不動坂口女人堂」

「不動坂口女人堂」の前にはおたけ地蔵が 「不動坂口女人堂」の前にはおたけ地蔵が

女人堂を結ぶ巡礼路「女人道」からも祈りを捧げていた

7つの女人堂を結んでいた巡礼路「女人道」。この女人道とは、金剛峯寺を中心に、ハスの花びらに例えられた八葉蓮華の峰々の尾根づたいの険しい道である。女人禁制が解かれるまで、祈りを捧げたい一心の女性は、険しい山道を上り、樹間から垣間見える壇上伽藍や奥之院に手を合わせて祈りを捧げていたという。そのように弘法大師御廟へ向かって祈りを捧げることが、当時の女人禁制であった高野山で唯一できたことであった。2016年(平成28)には、高野参詣道のひとつとして、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている。

大門横から続く女人道には鳥居が並ぶ 大門横から続く女人道には鳥居が並ぶ

スポット詳細

住所
和歌山県伊都郡九度山町

情報提供: ナビタイムジャパン

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