宇佐八幡宮

神社

春には桜やシャクナゲが咲き誇る茅葺き屋根の八幡さま

防府(ほうふ)市郊外の静かな山里にある神社。平安時代の891年(寛平3)に大分の総本宮・宇佐八幡宮から分祀されて創建されたと伝えられる。緑の山に囲まれ四季の花々が咲き、境内にはさまざまな伝説に彩られた見どころもある。

茅葺き屋根が特徴的な本殿 茅葺き屋根が特徴的な本殿

大分の宇佐神宮から分祀された神社

日本でいちばん多くの社(やしろ)がある八幡神社。「八幡さま」として全国で親しまれ、総数は4万600社余りもある。総本宮は大分県宇佐市に鎮座する宇佐八幡宮で、祭神の八幡大神は応神天皇の神霊。古代から伊勢神宮に次ぐ第2の神社とされてきた。防府に住んでいた佐々木徳寿丸という人物がその総本宮へ参拝した際、天皇の世が続くことや天下泰平、家内安全、五穀成就、惣民豊楽を奉祈し御神霊を賜って持ち帰り、現在の社から少し離れた矢筈ヶ岳の中腹にあたる伊勢山に鎮祭したのが平安時代の891年(寛平3)。その後の1533年(天文2)には、八幡宮の御神霊が現在の場所である鈴寶山にある大岩の上に出現したため、久満佐渡左衛門尉重友という人物が寶殿を建立して移祭したとされている。この大岩は「飛座船石(ひざふないし)」と呼ばれ、美しくコケに覆われ本殿の隣に残っている。

趣のある手水所 趣のある手水所

元禄時代建造の神殿は平成に茅葺き屋根を復元

神殿は趣のある美しい茅葺き屋根で、元禄時代の建築様式が随所に見られることから2003年(平成15)には本殿と拝殿が防府市指定有形文化財に指定された。元の社殿は1533年(天文2)に建立されたが、1690年(元禄3)に消失し、1694年(元禄7)に長州藩一門の家老である右田毛利家4代当主、毛利就信(なりのぶ)が神殿を再建。1785年(天明5)には氏子たちの寄進によって幣殿と拝殿が再建された。2003年(平成15)には「1725年式年大祭記念事業」が行われ、茅葺き屋根はその一環として建築当時の姿を再現したものだ。祭神は「誉田別命(ほんだわけのみこと)=応神天皇」「気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)=神功皇后)」、それに3女神と呼ばれ天照大神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのおのみこと)の誓約で生まれた、あらゆる「道」の最高神として交通安全、海上安全などを祈願される「奥津島比売命(おきつしまひめのみこと)」「市寸嶋姫命(いちきしまひめのみこと)」「多岐都比売命(たぎつひめのみこと)」の5柱となっている。

爽やかな空気を味わって 爽やかな空気を味わって

境内は桜とシャクナゲの名所で見どころもたくさん

宇佐八幡宮があるのは、防府市街地から離れた山間部。防府天満宮からだと7kmほどの北だ。参道の始まりは県道24号から分かれる旧道の脇に立つ一の鳥居。ここから石段の長い参道が続いている。50mほどですぐに県道24号の本道が横切るが、渡った先にさらに石段が続くのが見える。これを登れば二の鳥居。江戸時代の1654年(承応3)の建立で、山口県では5番目、防府市では防府天満宮の一の鳥居に次ぎ二番目に古い鳥居だという。先に進むと小さな石の祠がある。「赤さま」と呼ばれる赤ちゃんの身体健全育成の神だ。地元では「赤さま詣り」といって十二重ねの団子を供えて初宮参りする。供えた団子は決して焼いて食べてはいけないという言い伝えがある。本堂に近い手水所の手前には「顕彰碑」。宇佐八幡宮の神官ながら、尊皇攘夷(そんのうじょうい)の運動家で、情報収集などを行った佐伯稜威雄(さえきいずお)を記念するもの。あの池田屋事件で新撰組に傷を負わされ、捕らえられて翌年42歳で亡くなった。

境内側から見た風景 境内側から見た風景

この参道はよく手入れされていて、石段や石橋には風情があり、3月下旬から4月上旬には桜が、4月中旬から5月上旬には約1000本ものシャクナゲが咲き誇る。1999年(平成11)に開設された「シャクナゲ園」もあり、毎年4月には「シャクナゲまつり」が開催され賑わう。2016年(平成28)には境内にフクロウが住み着き、その後山に消えてしまったが、2019年(令和元)の初夏に再びフクロウがやって来て人気者となり「福(フクロウ)が来る神社」として話題になった。

足利義稙(よしたね)伝説が起源の華やかな例大祭「腰輪踊り」

毎年9月には例大祭として「腰輪踊り」が行われている。防府市の無形民俗文化財にも指定されるこの祭りは「からんこ踊り」とも呼ばれ、豊作や虫よけ祈願を込めて行われるものだ。子どもを中心とした12人が花笠・鶏冠飾り笠を被り、色とりどりの布を付けて舞う踊りは華やかで見る人の目をひきつける。足利10代将軍の地位にありながら、管領の細川政元と対立し、1493年(明応2)に将軍職を廃され幽閉された足利義稙。全国各地で逃亡生活を送っていたが、時の権力者、周防の大内義興(おおうちよしおき)の後ろ盾を得たことで、1508年(永正5)、将軍職復帰のため京都に攻め込む。その出陣前、宇佐八幡宮で舞いを奉納したのが腰輪踊りの始まりと伝えられる。

宇佐八幡宮の由来について書かれた案内板もある 宇佐八幡宮の由来について書かれた案内板もある

スポット詳細

住所
山口県防府市大字鈴屋840

情報提供: ナビタイムジャパン

アクセス

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