平沢官衙遺跡

遺跡/墓/古墳

壮大な歴史ロマンを感じさせる約1300年前の常陸国筑波郡の郡衙跡

筑波山のふもとにある国指定の史跡「平沢官衙遺跡」は、奈良・平安時代の郡役所の跡。2003年(平成15)には「平沢官衙遺跡歴史ひろば」として整備され開園した。柱や梁の精巧さから当時の建築技術の高さに驚かされる。

広々した敷地では約60棟の倉庫跡が発見された 広々した敷地では約60棟の倉庫跡が発見された

保存の声が国の史跡指定をあと押しし大規模な復元整備へ

平沢官衙遺跡は奈良・平安時代にあった郡衙(ぐんが)の史跡だ。郡衙とは役所のこと。当時の郡役所は政治を執り行う郡庁、税である租を保管する正倉(しょうそう)、宿泊施設である舘(たち)、食事を司る厨家(くりや)などからなり、平沢官衙遺跡は正倉にあたる。1975年(昭和50)に、この地に県営住宅団地を造成するにあたって行われた調査により、この類の一般的な遺跡をしのぐ大型の高床式倉庫が並んでいたことが判明。一帯が大きな溝で囲まれた重要な役所の遺跡と考えられ、さらに地元の人々の間に保存運動が起こったことから1980年(昭和55)に国の史跡となった。1997年(平成9)からは大規模な復元整備が始まり、約6年を費やし、現在の3棟の高床式倉庫が造られ、歴史公園として整備された。見学は無料なので気軽に訪れることができる。

中央にあるいちばん大きな高床式倉庫は「土倉」または「双倉(ならびくら)」と呼ばれる 中央にあるいちばん大きな高床式倉庫は「土倉」または「双倉(ならびくら)」と呼ばれる

右隣にある「校倉(あぜくら)」。隙間なく木材を組み合わせた立派な造りに注目しよう 右隣にある「校倉(あぜくら)」。隙間なく木材を組み合わせた立派な造りに注目しよう

高床式倉庫は徴税した農作物を保管するもの

復元された3つの高床式倉庫には何が入れられていたのかというと、役所が集めた税だったと考えられている。当時の税は「租」と呼ばれ稲で納められていたため、保管には害虫や害獣から守り、火災や盗難を防ぐためにもこのような重厚な造りが必要だったのだ。建物を支える柱は太くしっかりとしており、床下には大人の女性が余裕で入れるほど高い。今から1300年という大昔に、どのようにして、ここまでの建築物を造る技術があったのか、実際に目の当たりにすると、そんな知的好奇心が湧き上がってくる。

左隣にある「板倉」。倉庫を支える柱の立派さに驚かされる 左隣にある「板倉」。倉庫を支える柱の立派さに驚かされる

床下は大人の女性が立てるほどの高さがある 床下は大人の女性が立てるほどの高さがある

60棟以上もの建物があった大規模な役所だったことが判明

発掘の結果、見つかった柱の跡から推測される建物の数は60棟以上。礎石などの柱表示もあり、この一帯がとても進んだ文化をもっていたことがひと目でわかるようになっている。出土品は残念ながらあまり見つかっておらず、わずかに発掘された土器や瓦、焼米などの一部を案内所で見ることができる。当時、つくば市は北部が「筑波郡」、南部が「河内郡」に含まれていて、河内郡衙のほうは南約9kmの桜中学校周辺で発見されており、「金田官衙遺跡(こんだかんがいせき)」としてこちらも国の史跡に指定されている。

こちらにも大きな倉庫が建っていたことが想像できる こちらにも大きな倉庫が建っていたことが想像できる

案内所の入場も無料。希望すればパンフレットがもらえる 案内所の入場も無料。希望すればパンフレットがもらえる

スポット詳細

住所
茨城県つくば市平沢353

情報提供: ナビタイムジャパン

アクセス

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