本間家旧本邸と別館「お店」
酒田の豪商・本間家の歴史が息づく武家屋敷
「本間様」の暮らしが見える場所
本間家旧本邸があるのは、酒田市役所から徒歩2分ほど。旗本二千石格式の長屋門をくぐると、玄関の屋根に覆いかぶさるように生える樹齢400年以上のアカマツ「臥龍の松(がりゅうのまつ)」が見える。本間家では「門かぶりの松」と通称されているのだとか。庭には、北前船を安定させるために船底に積んだ銘石「綿積石(わたつみいし)」がいたるところに配置され、北前船交流で繁栄を極めた本間家の歴史を思わせる。屋敷は武家造りと商家造りが一体化した全国的にも珍しい建築様式。豪商というイメージからはほど遠い暮らしの痕跡は、見る者を驚かせるに違いない。邸内は自由見学もできるが、旧本間邸スタッフにガイド(無料)をお願いすると、本間家の歴史や邸内の見どころを教えてくれるので、おすすめだ。
幕府の巡見使用宿舎として建設
本間家旧本邸が建てられたのは、1768年(明和5)のこと。本間家三代当主の本間光丘(ほんまみつおか)が、幕府の巡見使(じゅんけんし)一行を迎えるために旗本二千石の格式を持つ書院造りの武家屋敷として建造し、庄内藩主酒井家に献上した。後に本間家が拝領し、商家造り側で1945年(昭和20)の春まで暮らしたという。その後、1949年(昭和24)から1976年(昭和51)までは公民館として利用され、1982年(昭和57)からは現在のような観光施設として公開されている。敷地を囲む土塀や二階建ての土蔵、水分を多く含む樹木が、度重なる火災から母屋を守ってきた。1976年(昭和51)酒田大火では、延焼を免れている。
地域の発展に代々尽くした本間家
本間家の出自については諸説あるが、永禄年間に酒田に定住したといわれ、現在の本間家は1689年(元禄2)に初代原光(もとみつ)が「新潟屋」を開業したのが始まり。その後、商業・金融・地主の三大事業で堅実に財を成し、戦前までは日本一の大地主として名を馳せ「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」とうたわれたほど。みずからは質素倹約につとめ、常に町や人々のために公共事業や救済活動を行ったことで知られている。その功績を慕い、本間家三代光丘を祀る光丘神社が、本間家旧本邸から徒歩10分ほどの日吉町に建てられている。
本間家の始まりの場所「お店(おたな)」
本間家旧本邸の向かいにある別館「お店」は、まさに初代原光が「新潟屋」を開業し、その後本間家が代々商いをした場所。2003年(平成15)に公開が始まった。館内にはかつて使用された帳場や行灯などの照明具、台所用品、看板などが展示され、また火事に備えて用意した消火道具も展示されていて、本間家が地域とともに歩んできた歴史を垣間見ることができる。お土産品も販売しているので、本間家旧本邸に来た際はぜひ立ち寄りを。
スポット詳細
- 住所
- 山形県酒田市二番町12-13 地図
- エリア
- 庄内エリア(北)
- 電話番号
- 0234223562
- 時間
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9:30-16:30
[11-2月]9:30-16:00 - 休業日
- 12月中旬-1月下旬、展示替え日
- 料金
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【入邸料】
[大人]900円
[中、高校生]300円
[小学生]200円
【本間美術館との共通入館券】
1,700円 - 駐車場
- あり
- 電子マネー/スマートフォン決済
- 可(PayPay)
- 平均予算
- 【昼】1-1,000円
情報提供: ナビタイムジャパン
クチコミ
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- 豪商本間家の建物です
- もともとは本間家が庄内藩に献上した日本家屋、後に拝領し本邸として使われました。ぐるっと外を回ってみましたが、やはり大きいですね。さすが本間家の建物です。
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- 幕府巡回師を迎えるために本間家が寄付した建物。
- 豪商本間家が藩に寄付した建物。敷地はかなり広く、部屋数も多い。昔からの品が展示されており、往時の繁栄を感じさせる。
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- 見事な武家屋敷
- 町中にあり、訪問がしやすいです。本間美術館との共通券を買えば、200円安く見学が出来ます。広々としており、ゆっくり見学できます。
TripAdvisorクチコミ評価
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