稚内港北防波堤ドーム

手前の船と比べても、防波堤ドームが壮大な建築物であることがわかる

壮大で美しいアーチ状の屋根を持つ防波堤

南から続いてきた線路は、JR稚内駅で終わる。最北端の線路として鉄道ファンが巡礼に訪れるほどの場所だが、昔はこの先にも線路が延びていた。駅前ターミナルから北へ向かって歩いていくと、半アーチの屋根と古代ローマ風の円柱がずらりと並ぶ不思議な建造物「稚内港北防波堤ドーム」が見える。ここにはかつて樺太にあった大泊港までの「稚泊(ちはく)航路」の発着場として賑わう北埠頭があった。埠頭までの海沿いの道を、波に当たることなく安全に進めるようにと、1931年(昭和6)から5年の歳月をかけて建てられたのが、この巨大な防波堤だ。終戦を迎え稚泊航路は廃止になったが、世界でも珍しい構造の歴史的建造物であることから改修・保存が進み、2001年(平成13)には北海道遺産の第1号に、2003年(平成15)には土木遺産に指定された。

手前は「稚泊航路記念碑」。奥にはここを走った機関車C55の主動輪が飾られている

若き土木技師がデザインした、美しい建造物

もともとここにあった防波堤の高さは5.5m。冬の荒れた海では簡単に波が乗り越えてしまい、乗客が海に落ちるような事故も起きていたという。稚内港北防波堤ドームは、海上からの高さは倍以上の14mとなった。70本の柱が6mごとに並び、全長は427mにも及ぶ。設計したのは26歳の若き土木技師・土谷実だ。北海道帝国大学を卒業後、稚内築港事務所に赴任した土谷は、学生時代「アーチコンクリート橋」の設計を学んでいたことから、この防波堤の設計を任された。ドーム上の屋根を防波堤に付けるアイデアは、上司である平尾俊雄のもの。平尾のスケッチをもとに、ギリシア・ローマ時代の神殿や劇場などをモチーフにした美しい防波堤をわずか2か月で設計したという。

北防波堤ドームの内部。ギリシアの神殿を思わせる美しい風景だ

ドームの完成で、大賑わいとなった稚内周辺

稚内港北防波堤ドーム完成以前の稚内駅は、現在の場所よりもさらに2㎞ほど南下したところにあった。稚泊航路の利用者は、この駅で降りて北埠頭まで冬場でも歩くしかなかったという。ドームが完成したことにより、ドーム内に稚内桟橋駅が新設され、乗客は列車を降りてすぐに、安全に樺太への連絡船に乗り換えられるようになった。当時の駅の賑わいは、稚内市副港市場内にある「稚内市樺太記念館」で、リアルなミニチュア模型により再現されている。

海沿いの防波堤の遊歩道は、北防波堤ドームまで続いている。ドーム上部を間近で見ることができる

建築物の犠牲になった利尻島の小さな丘

さて、稚内からフェリーで利尻島を訪れると、鴛泊(おしどまり)港に到着する。その港の近くにあるペシ岬はかつて大小2つのいただきがある小山だった。小さいほうの山は、稚内港北防波堤ドームを造る資材にするため、ダイナマイトで破壊されてしまったという。一大事業であったことが推測できるエピソードだ。稚内港北防波堤ドームは、その美しさを保つために現在も繰り返し補修が行われている。本来の役目を終えた今も、CMや映画の撮影に利用され、雪を気にせずにランニングなどができると地元の人から大切にされている。

利尻島にある「ペシ岬」。かつてあったもうひとつの小山の姿は見る影もない