庚申庵史跡庭園

庭園

松山の俳人・栗田樗堂が俳諧に専念するために建てた草庵

江戸時代の松山俳諧中興の祖といわれている栗田樗堂(くりたちょどう)が、俳諧に専念するために建てた草庵。松尾芭蕉の庵にならって建てられており、その建物や庭園からは、江戸時代の風雅の心が支える俳諧文化を知ることができる。

庵は質素な草庵造りで静かな時間を過ごせる 庵は質素な草庵造りで静かな時間を過ごせる

俳句の街・松山の「三庵」のうちのひとつ

伊予鉄市内電車・宮田町駅より徒歩4分。夏目漱石の愚陀佛庵、種田山頭火の一草庵と並んで、俳句の街・松山の「三庵」のうちのひとつが庚申庵だ。庚申庵とは、俳人・栗田樗堂が俳諧を楽しむために造った庵。樗堂(1749-1814年)は、松山城下松前町(今の松山市)の酒造業「廉屋(かどや)」の主人として家業に精を出し、町方大年寄という公務を行いながら、俳諧に親しんだ。そして1800年(寛政12)52歳のときに、余生を風雅三昧に暮らしたいと庚申庵を造る。名利の煩わしさを捨て、市中の隠れ家となることを望んだ樗堂。建物は「草庵」と呼ばれる質素な造りをしており、部屋への入り口が低くなっている。ここには「頭を下げて入ることで権力や地位をいっさい捨てて、この場所ではみんな対等な関係でありたい」という樗堂の願いが込められている。

頭を下げて入れるよう、廊下から部屋への入り口は低くなっている 頭を下げて入れるよう、廊下から部屋への入り口は低くなっている

屋内には床の間がなく、誰もが平等に学び合える設計

室内には部屋が3つ設けられている。最も広いのが、四畳半の俳諧のための部屋。当時の俳諧とは、複数の人間で「五・七・五」と「七・七」の句を連ねる「連句」の形式をとっていた。順番に句を詠んでいく俳諧の世界では誰もが平等であることを願い、部屋には上座を作らないよう、あえて床の間をなくした。ここに集まる人は、武士も町人も隔てなく皆平等で、お互いに学び合える関係性だったという。また隣接する三畳間は、煎茶のための部屋。文人が好んだ煎茶は堅苦しい作法を必要とせず、権威化していた抹茶とは一線を画すものだったそう。樗堂は当時の抹茶の在り方に対して、より自由で開放的な精神を尊重する煎茶の庵を造ったのだ。

上下関係を作らない、四畳半の俳諧のための部屋 上下関係を作らない、四畳半の俳諧のための部屋

屋内からは、美しい日本庭園を望むことができる 屋内からは、美しい日本庭園を望むことができる

愛媛県史跡に指定された貴重な文化財

庚申庵では、柱は8cmに満たない原木の丸みを残した面皮柱(めんかわばしら)を使用。屋根を支える梁や桁も最小限の木材で建てられている。大黒柱も使われず「いつでも朽ち果てていってかまわない」との思いで建てられたこの庵からは、樗堂の俳人としての精神を知ることができる。もともと草庵とは、僧や世捨人が雨露をしのぐために建てる粗末な家で、住む人がいなくなればすぐに腐って朽ち果ててしまう。そんななか、庚申庵は現在にいたるまで当時の姿と風情を残していて、1949年(昭和24)には愛媛県史跡に指定されるなど、全国的に見ても数少ない、かつての文化や生活を知るうえで貴重な文化財なのだ。

建物には大黒柱を使っておらず、質素な造りが特徴 建物には大黒柱を使っておらず、質素な造りが特徴

フジ棚をはじめ、四季折々の美しさを望める庭園

庚申庵の最大の魅力のひとつであるのが庭園。松尾芭蕉の幻住庵にならって「細き流れを引き入れ」た庭造りが特徴で、水の流れを聞きながら静かに過ごせるこの場所は、樗堂にとって理想郷でもあった。また庭園では、四季折々の日本の草花を愛でることができる。その見どころのひとつに、敷地に入ってすぐのところに植えられている樹齢200年のフジがある。庵の建てられた当時にはなかったもので、今の庚申庵の風景として楽しまれており、4月下旬頃には満開のフジの花が咲き誇る。ほかにも夏はショウブやアジサイ、秋はハギやフジバカマ、冬はツワブキ、早春のツバキや梅など、季節ごとに美しい花を楽しめる。庚申庵では建物に限らず庭からも、江戸時代の風雅の心が支える俳諧文化を感じ取ることができる。

4月下旬頃には樹齢200年の見事なフジが咲き誇る 4月下旬頃には樹齢200年の見事なフジが咲き誇る

芭蕉の庵にならって造られた「細き流れを引き入れ」た庭の流れ 芭蕉の庵にならって造られた「細き流れを引き入れ」た庭の流れ

スポット詳細

住所
愛媛県松山市味酒町2-6-7
エリア
松山エリア
電話番号
0899152204
時間
10:00-18:00
休業日
水(祝の場合は翌日)
料金
[入園料]無料

情報提供: ナビタイムジャパン

クチコミ

  • 俳人の草庵です
    3.0 投稿日:2019.07.17
    此処は松尾芭蕉に憧れた松山の俳人栗田樗堂(くりたちょどう)が江戸時代後期の寛政12年(1800年)その後の人生を風流にさらに俳諧に専念するために建てた草庵です。松尾芭蕉も同じような草庵で過ごしていたので彼の地元で作ったというわけす・・・・
  • 栗田樗堂という人が作った草庵
    3.0 投稿日:2019.03.19
    JR松山駅から歩いて10分くらいの住宅地の中。江戸時代後期の俳人、栗田樗堂という人が作った草庵で、庚申の年に建てたので庚申庵。なお、栗田樗堂は小林一茶とも交友があったよう。松山は子規だけではないような気がしました。
  • 俳人の庵と庭園
    3.0 投稿日:2019.03.17
    松山駅から線路沿いに行った住宅街にあります。栗田樗堂という俳人の庵・庭園でひっそりとしています。無料で見ることができ、あまり観光客もいないので、穴場かもしれません。

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