谷中霊園

桜の季節にはピンク色のトンネルができ、その下を散策する人たちで賑わう

富くじの興行で賑わったお寺が発祥の都営霊園

JR日暮里駅西口を出て、目の前の石垣の上に広がるのが「谷中霊園」。総面積は約10万平方メートルあり、園内のいたるところから東京スカイツリーを望むことができる。階段を上がり、桜並木の下に敷かれた石畳を抜けると、「谷中七福神」の毘沙門天を祀る「天王寺」前に出る。この寺は江戸時代、幕府から富くじ(現在の宝くじ)の興行を許され、目黒不動、湯島天神とともに「江戸の三富」に数えられ大いに賑わった場所。谷中霊園はもともと大部分が天王寺の敷地だったが1874年(明治7)、東京府が引き継ぎ「谷中墓地」として開設。1889(明治22)に東京市に移管され、1935年(昭和10)に現在の名称に改められた。天王寺山門前から谷中方面に向かってまっすぐに延びるのが、「さくら通り」の名がある中央園路。周辺一帯は「寺町」と呼ばれるほど寺院が多く、霊園内も寛永寺や天王寺の墓地が入り組んだ複雑な地形になっている。著名人の墓所を訪ねるなら、霊園管理所で案内図を手に入れてからスタートするのがおすすめだ。

霊園入り口近くにある谷中霊園管理所。日本語と英語の案内図を用意している

園内に眠るのは、歴史を彩った著名人たち

歴史上の人物をはじめ、数多くの著名人が眠ることで知られる谷中霊園。そのため、往年のファンや歴史好きの人など巡礼者があとを絶たない。筆頭は、なんといっても第15代将軍であり、江戸幕府最後の将軍だった徳川慶喜。谷中霊園内ではあるが、ここは寛永寺の墓地。寛永寺の徳川霊廟に葬られなかったのは、明治天皇に敬意を表し神道での埋葬を希望したためだといわれている。

管理所の斜め向かい側には、徳川慶喜の墓所への案内表示を設置

慶喜公の墓が神式の円墳形なのは、天皇家への恭順を表すためといわれる

慶喜公の墓所の近くには、親交が深かった実業家で、新1万円札の顔にもなっている渋沢栄一が眠る、渋沢家の墓所がある。「青淵」と雅号が刻まれているのが栄一のお墓。その両側に妻の千代と、千代が亡きあとに妻となった兼子のお墓が建立されている。ほかにも霊園内に眠る著名人を挙げていくと、誰もがその名を知る歴史上の人物や著名人ばかり。日本画家では横山大観、鏑木清方、歌人の佐々木信綱、俳優の川上音二郎、長谷川一夫や、作家では円地文子など、そうそうたる顔ぶれだ。日本にロシア正教を伝道し、御茶ノ水にある「東京復活大聖堂(ニコライ堂)」を創建したニコライ・カサートキンの墓所があるのも興味深い。

渋沢家の墓所。奥から2番目が渋沢栄一の墓

横山大観の墓所。隣には元首相・鳩山一郎が眠る

四季折々の景色が楽しめる園内は都会のオアシス

この地に眠る著名人名を並べてみるだけで、日本の歴史や文化をたどることのできる谷中霊園。幸田露伴の小説『五重塔』のモデルになった「天王寺五重塔跡」も、ぜひ訪ねてみたい。天王寺が「谷中感応寺」の名称だった1644年(寛永21)に建立された塔は1771年(明和9)に焼失。その後、1791年(寛政3)に再建されたものの、1957(昭和32)に放火無理心中事件によって再び焼失し、現在は史跡のみが残っている。さくら通りには小さな公園もあり、散策の途中の休憩にぴったり。桜の開花時期は例年、近くにある上野恩賜公園より数日遅れて満開を迎える。飲食が禁止されているため、比較的静かに愛でることができるのもいい。新緑、紅葉など四季折々の風情を楽しめるが、許可なく墓所内に立ち入ったり墓参者の迷惑にならないよう、静かな散策を心がけたい。

小説のモデルにもなった五重塔跡。史跡だけがひっそりと残る