三保松原(みほのまつばら)

海岸/浜

世界文化遺産に登録され、古くから愛され続ける美しい景勝地

静岡市三保松原文化創造センター「みほしるべ」を訪れたあと「三保松原」へ。富士山が見えるようであれば、古くから芸術家に愛された富士山の見える絶景ポイント・鎌ヶ崎(かまがさき)まで歩こう。

三保松原の海岸から見える富士山は古くから愛された景色で、歌川広重の浮世絵にも登場する} 三保松原の海岸から見える富士山は古くから愛された景色で、歌川広重の浮世絵にも登場する

文化作品のモチーフになった風光明媚な場所

富士山頂から南西に約45km離れた静岡市清水区にある三保半島は、沿岸の約5kmにわたり推定3万本の松林が続いている。この松林が「三保松原」で知られる場所。昔から白砂青松と霊峰富士のすばらしさで知られた景勝地。この風景に感動した数多くの文化人が、詩歌、絵画などの文化作品のモチーフに使用している。1922年(大正11)に国の「名勝」に指定され、2013年(平成25)に世界文化遺産「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として登録されている。こちらを訪れる際には、砂浜を歩くため、砂が入らないような靴がおすすめ。また、海沿いで風が強いので、夏以外は防寒対策も必要だ。鎌ヶ崎まで歩く際には、スマホで聞ける音声ガイドにアクセスするのも良いだろう。

階段手前の案内看板。右手の階段を上がった先が「三保松原」。左手には鎌ヶ崎へと続く遊歩道がある} 階段手前の案内看板。右手の階段を上がった先が「三保松原」。左手には鎌ヶ崎へと続く遊歩道がある

絶景の地・鎌ヶ崎からの富士山} 絶景の地・鎌ヶ崎からの富士山

羽衣伝説で知られる「羽衣の松」

「三保松原」の中央付近にある「羽衣の松」は、天女が舞い降りて羽衣をかけたという「羽衣伝説」でも有名。羽衣伝説ゆかりの神社である御穂神社(みほじんじゃ)の神事の際に、海の彼方から来臨する神様の目印となる役割を果たすといわれている。周辺の松は陸側に傾いているのに、この「羽衣の松」だけまるで神様を迎えているかのように海のほうにせり出している。羽衣伝説自体は全国に存在するが、三保松原は室町時代に能の演目として使用されたことから有名に。19世紀後半には、この伝統芸能である能『羽衣』が海外にも渡り、イェイツやパウンドなどの西洋のモダニズム作家の作品にも取り上げられたことから「能」が世界に広まる契機になったという。

現在の「羽衣の松」は3代目で、樹齢200-300年ほどといわれている} 現在の「羽衣の松」は3代目で、樹齢200-300年ほどといわれている

フランスの舞踊家エレーヌ夫人の碑も

1916年(大正5)生まれのフランスの舞踊家エレーヌ・ジュグラリスは、能の「羽衣」を研究し、1949年(昭和24)にフランスのシャンゼリゼ劇場で上演。しかし、白血病に倒れ、「羽衣の舞台である三保へ行ってほしい」と夫に言い残し、35歳の若さで早世してしまう。彼女の死後、エレーヌの遺髪を持った夫が来日したことにより、日本の伝統文化を愛した女性がいたことが知られる。そして、多くの市民からの寄付金と市費で1952年(昭和27)に「三保松原」に羽衣の碑(エレーヌ碑)が建てられた。今も毎年10月後半には、薪能(たきぎのう)の上演、エレーヌ夫人顕彰式などが開催される「羽衣まつり」が行われるそうだ。

エレーヌ夫人の遺髪を納めた羽衣の碑} エレーヌ夫人の遺髪を納めた羽衣の碑

「神の道」を通って「御穂(みほ)神社」へ

「三保松原」の北側には、樹齢200年から300年ほどの松並木が500mほど続く「神の道」があり、「羽衣の松」を目印に来臨した神様が、御穂神社に向かう際に通る道といわれている。羽衣の切れ端が所蔵されているという羽衣伝説のゆかりを持つ御穂神社は、平安時代の書物にも記録が残る古社で、境内には神馬が鎮座し、夫婦和合、縁結びのパワースポットとしても知られている。一つひとつ個性的な姿をしている松を見ながら「御穂神社」へ足を延ばしてみるのも良いだろう。

「神の道」は夜にはライトアップされるので、夕暮れに訪れるのも良い} 「神の道」は夜にはライトアップされるので、夕暮れに訪れるのも良い

「御穂神社」は桜の名所としても知られている} 「御穂神社」は桜の名所としても知られている

スポット詳細

住所
静岡県静岡市清水区三保 map map 地図

情報提供: ナビタイムジャパン

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