本能寺

寺院

本能寺の変で討たれた、戦国武将・織田信長が眠る寺院

明智光秀の謀反により起こった「本能寺の変」。日本史上最大の大事件が起きた舞台となったのが本能寺だ。現在のお寺は、本能寺の変ののちに場所を変え、豊臣秀吉によって再建された。

表門は寺町通沿いに建つ 表門は寺町通沿いに建つ

度重なる火災により現在の地に

本能寺の歴史は、1415年(応永22)に日隆(にちりゅう)上人により創建された、本応寺(ほんのうじ)に始まる。1433年(永享5)に本能寺と改められた。現在の本能寺から見て南西にあたる、油小路高辻(あぶらのこうじたかつじ)に建てられた。法華宗の大本山で、かつて洛中法華二十一カ寺本山のひとつに数えられたお寺だ。室町時代後期に起こった「天文法華(てんぶんほっけ)の乱」により火災に遭い、蛸薬師西洞院(たこやくしにしのとういん)辺りに再建された。本能寺の変が起こったのは、この場所に寺が建っていた1582年(天正10)のことだ。

現在の本堂。昭和に入って再建されたが、室町時代の趣を感じさせる 現在の本堂。昭和に入って再建されたが、室町時代の趣を感じさせる

歴史を動かす大事件の舞台に

本能寺の変が起こったのは、1582年(天正10) 6月2日の未明のこと。謀反を起こした明智光秀は、織田信長が宿泊していた本能寺を包囲した。信長は最初のうちは明智軍と戦ったが、傷を受けて戦うのを止め、炎上する本能寺の奥の間に入って自害したと伝わる。この本能寺の変により、お寺は焼失。のちの1592年(天正20)に、豊臣秀吉によって現在地に再建された。度重なる火災にあった本能寺は現在、「能」の字の右側を「ヒ=(火)」2つではなく、「去」という字をあて、「火が去る」という火難除けの願いを込めている。

河原町通側からの入り口。「能」の文字にも注目したい 河原町通側からの入り口。「能」の文字にも注目したい

戦国ファンもお参りに訪れる

境内には、織田信長の御廟がある。毎年6月2日の織田信長の命日には「信長公忌」の法要が行われ、全国から戦国時代ファンが織田信長をしのびに足を運ぶ。法要は14時から始まり、冥福を祈るお焚き上げが行われる。御廟の横には、大きなイチョウの木が寄り添うように立つ。この木は本能寺の変ののちに、この場所に移植されたという。イチョウは水分量が多いことから、火災からお寺を守ってくれる存在として大切にされている。

織田信長の存在の大きさを表すような立派な御廟 織田信長の存在の大きさを表すような立派な御廟

織田信長の魂が眠る 織田信長の魂が眠る

大きなイチョウの木は、京都市指定の保存樹となっている 大きなイチョウの木は、京都市指定の保存樹となっている

スポット詳細

住所
京都府京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522
電話番号
0752315335
時間
[参拝時間]6:00-17:00
[大寶殿宝物館]9:00-17:00(入館は16:30まで)
休業日
[大寶殿宝物館]年末年始、展示替日
料金
【参拝料】
無料

【大寶殿宝物館入館料】
[一般]500円
[ホテル本能寺利用者]300円
[中高校生]300円
[小学生]250円
[身障者]200円
駐車場
あり(5台)
クレジットカード
不可

情報提供: ナビタイムジャパン

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※ナビタイム調べ

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