広島城

城/城址

戦国時代に毛利氏が築城し、西日本屈指の規模を誇る

戦国時代の武将毛利輝元が築城した広島城は西日本でも有数の規模を誇る。原爆投下で破壊されたが、戦後、本丸・二の丸跡、堀、周辺が国の史跡に指定された。再建された天守閣は広島の復興のシンボルである。

天守閣は外観を復元したコンクリート建築 天守閣は外観を復元したコンクリート建築

現代のビル群に囲まれたなかでも存在感を放つ

東西南北約1kmの土地に、5重5階の天守閣と88の櫓をもつ。別名「鯉城(りじょう)」と呼ばれ、広島東洋カープの名前の由来にもなった。周囲をビル群に囲まれているが、現在も大きな存在感を放っている。豊臣秀吉5大老のひとり、毛利輝元(もうりてるもと)は中国地方一帯を治めるため、城の建設地として瀬戸内海に面した太田川河口の土地を選んで1589年(天正17)に築城を開始、この地を「広島」と命名した。軟弱な地盤だったため工事は難航したが、1591年(天正19)に輝元は入城した。1600年(慶長5)、毛利氏に代わって福島正則(ふくしままさのり)が整備を進め城を完成させたが、石垣の無断修理を行ったとして配置換えされ、代わって浅野長晟(あさのながあきら)が入城、以後明治維新まで浅野家が広島藩主として居城した。明治維新後は軍用地として利用された。

堀に囲まれて建つ天守閣 堀に囲まれて建つ天守閣

歴史博物館には『広島城下絵屏風』などが展示されている 歴史博物館には『広島城下絵屏風』などが展示されている

再建された天守閣内部は歴史博物館

戦前は国宝に指定されていた天守閣などは原爆で破壊されたが、戦後、本丸・二の丸を囲む内堀内が国の史跡に指定された。1958年(昭和33)には、天守閣が鉄筋コンクリート造で再建され、内部は郷土広島の歴史と自然を紹介する展示施設として整備された。1989年(平成元)には広島市市制100周年・広島城400年記念事業として館内を全面リニューアル。武家文化を中心とする歴史博物館として、1層は「広島城の成立と役割」、2層は「城下町広島のくらしと文化」をテーマに、武家の復元家屋や、城下町の暮らしを伝える『広島城下絵屏風』といった絵画、工芸品などを展示。3層では、武具・甲冑を展示している。

復元された二の丸の表御門。内部が公開されている 復元された二の丸の表御門。内部が公開されている

建物の柱を乗せる土台である礎石が残る。旧天守閣で使われたものだ 建物の柱を乗せる土台である礎石が残る。旧天守閣で使われたものだ

天守閣以外も見どころがいっぱい

かつて二の丸にあった表御門のほか、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓は原爆で焼失したが、1989-94年(平成元-6)に復元された。いずれも内部が公開されている。太鼓櫓と平櫓を結ぶ多聞櫓は、総延長約63m。太鼓櫓は2重櫓で時を告げる太鼓が置かれている。本丸下段にある中御門跡には、原爆の火災によって赤くなった石垣が見られる。本丸上段には、日清戦争時の広島大本営跡のほか、戦後の天守閣再建工事のときに撤去し、移動させた旧天守閣の礎石などもある。また、ユーカリをはじめ、クロガネモチ、マルバヤナギの被爆樹木も見逃せない。

被爆樹木のユーカリ。原爆の熱線により黒く焼けただれたが再び芽吹いたという 被爆樹木のユーカリ。原爆の熱線により黒く焼けただれたが再び芽吹いたという

スポット詳細

住所
広島県広島市中区基町21-1
エリア
広島エリア
電話番号
0822217512
時間
[3-11月]9:00-18:00(入館は17:30まで)
[12-2月]9:00-17:00(入館は16:30まで)
休業日
12/29-12/31
※臨時休館あり
料金
【天守閣】
[大人]370円
[シニア(65歳以上)・高校生]180円
※要証明書提示
※中学生以下無料
駐車場
なし
クレジットカード
不可
電子マネー/スマートフォン決済
不可
Wi-Fi
あり(hiroshima_free Wi-Fi)
コンセント口
なし
喫煙
不可
平均予算
【昼】1-1,000円
滞在目安時間
30-60分

情報提供: ナビタイムジャパン

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