梅の香りに誘われて大阪城公園で春を感じよう!


2013.03.05

LINEトラベルjp 旅行ガイド

大阪城は、大阪発展の功労者・豊臣秀吉を愛する大阪人からは『太閤さんのお城』と呼ばれる大阪のシンボル。
天守閣を望む内濠(うちぼり)と東外濠(ひがしそとぼり)の間には梅林が広がっています。ほのかに香る梅の香りに誘われて、早春の大阪城にお出掛けしませんか。
大阪城梅林は意外に歴史が新しい
まだ寒い日が続く中でも、梅の便りを聞くと、もうすぐ暖かくなるのかなーと期待に胸を膨らませる季節。遅々としていても、季節は少しずつ春に向かっています。
築城430年の大阪城。
立派な梅の木が約100品種、1270本も植えられている大阪城梅林の歴史は古いかと思われがちですが、最初に梅の木が植えられたのは1974年。意外にも今から40年ほど前の事でした。
大阪の名門・大阪府立北野高校の同窓会が、同校の100周年記念事業として1972年に、22品種880本の梅の木を大阪市に寄付したことがきっかけになりました。その後、梅の種類を増やし、2年後に梅林として開園。寒紅・冬至梅・八重野梅・小梅・豊後など、種類の豊富さでは関西随一。立派に育った木々に、紅白の上品な花が咲き、芳しい香りに包まれる素晴らしい梅林です。
この梅林には、大阪での梅の開花の基準となる標準木もあります。
今年は梅の開花が遅く、訪ねた日は、まだチラホラ咲き。
満開になれば、梅の花越しに見る天守閣の姿は、とても華やかでしょう。近代的なガラス張りのビルばかりの都市部にあって、心からホッとできる風景がここにはあります。
波乱万丈の大阪城
梅林を含め、大阪人に愛されている大阪城ですが、大阪のシンボルといえども、実は太閤さんの時代=豊臣時代のお城は、すべて埋められています。その上に徳川時代のお城が建ち、それも江戸末期に焼失。その後、明治期には軍用施設となり、昭和に入って、大阪城公園として周辺整備が始まり、やっと現在の天守閣が再建されたという波乱万丈な歴史をたどっています。つまり現存する大阪城は昭和に入って再建された三代目です。
そして現在、目にすることが出来る天守閣は、鉄筋コンクリート作りのかなり強固なもの。1931年に再建されたのち、1995年から2年かけて平成の大改修が行われたお城です。
私自身、大阪城=豊臣秀吉と思っていたのですが、豊臣時代の城跡はすべて、1メートルから10メートルもの盛り土で埋め立てられて姿を消し、その上に新たな天守閣や櫓が建てられたという史実にとても驚きました。徳川幕府は、豊臣の姿を払拭してしまいたく、多額の金をかけて、同じ場所により高く大きな天守閣を建てたのです。大阪人に愛されていた太閤秀吉の影を、なんとしても消し去りたかったのでしょう。すべてを埋め立てて、その上に天守閣を再建するという行為は、その不安と躍起になって戦っていた証拠に他なりません。また、この城を再興するために、徳川に反目していた大名達に多額の資金を提供させて、反逆の意思をそぐ目的もあったようです。
しかし、その徳川大阪城も江戸末期には、鳥羽・伏見の戦いでほとんど消失してしまいました。まさに栄枯盛衰ですね。
平成中村座が開催された西の丸庭園
そんな波乱万丈な歴史を背負っている大阪城も、いまではすっかり平和な市民のオアシスになっています。
太閤秀吉の正室・北政所の屋敷があったとされる西の丸庭園は、1965年に芝生敷きの庭園として開園されました。大阪城公園のなかでも、ひときわ手入れの行き届いた有料(大人200円)庭園。こちらの庭園には600本もの桜があり、大阪有数のお花見スポットとなっています。桜の時期は混み合いますが、普段は有料ゆえに、ちょっと人が少なく静かな庭園なので、観梅ついでに足を延ばし、のんびり過ごす場所としてお勧めです。
この西の丸庭園から見る大阪城も素敵なんです。
その証拠に、2010年に、昨年お亡くなりになった中村勘三郎さんが、この景色の美しさに惚れて『平成中村座』公演が行われた場所であり、終幕に、舞台の奥の壁が左右に開くと、ライトアップされた大阪城が観客の眼前に現れるという見事な借景演出が話題となった風景です。まさに絵になる大阪城の姿なんです。
平成中村座が開催された西の丸庭園
大阪人に親しまれている大阪城ですが、天守閣に行く際、多くの人が利用するのは南側の『桜門』。観光客のほとんどはこちらを利用しています。が、北側から『極楽橋』を通って、天守閣に行くことも出来ます。極楽橋を渡って天守閣に向かう途中に、地元の人にもあまり知られていない大阪城の隠れスポット『刻印石広場』があります。大阪城築城400年を記念して整備された広場です。
徳川幕府から大阪城再築城に参加を求められた西日本の大名たちは、石垣を築く際にそれぞれ持ち場を決められ、ある種、競争のようにして築城に参加させられました。そこで、我こそはと集めた石垣の石に、それぞれの藩の家紋や産地などの印を刻み、藩の威光を競ったとか。それを『刻印』と呼んでいます。
現存の石垣に刻み込まれている刻印を見ることも出来ますが、ここに集められているのは、使われなかった石や修理によって撤去された石などです。刻印された一つ一つの石に当時の思いを垣間見ることが出来ます。
ちなみに、築城400年を記念して整備されたもの一つに、今では多くのアーティストが憧れる『大阪城ホール』があります。
大阪城公園の中にあるホールなので、外観も周辺にマッチするように配慮され、石垣など、まるで以前からそこにあったように感じさせる造りとなっています。
今でも多くの人が集る大阪城。
梅の香りに包まれるこの時期、ゆったりと散策しながら、波乱万丈の歴史を辿ってみるのもいい時間ではないでしょうか。 

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大阪城公園
place
大阪府大阪市中央区大阪城

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