奈良「天河神社」は芸能の神を祀る日本有数のパワースポット!


2020.11.20

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奈良県天川村にある「天河神社(天河大辨財天社)」は、飛鳥時代の創建で、大峯本宮とされる霊験あらたかな神社。主祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、神仏習合により「弁財天」として信仰されてきました。また天河神社は、広島県の厳島、滋賀県の竹生島とともに日本三大弁財天の筆頭とされ、芸能の神様としても有名です。芸能人もこぞって参詣する日本有数のパワースポットで、神様を身近に感じてみませんか?
天河神社は日本三大弁財天の筆頭・大峯本宮の古社
天河神社は、高野・吉野・熊野という、日本の三大霊場の三角形の中心に位置する神社です。飛鳥時代、皇位継承問題で、窮地に陥った大海人皇子は、大峯連山の一つの弥山に祠られた弥山大神に、戦勝の祝福を示され、壬申の乱に勝利しました。
天武天皇となった大海人皇子は、天女の加護に報いるために、神殿を造営し「天の安河の宮」とされました。これが、天河神社の始まりと伝えられています。
また、天河神社の由緒のひとつに、弘法大師の参籠があります。高野山を開く前に、弘法大師が大峯山で修行を積まれたときに、最大の行場となったのがこの天河神社でした。そのため、天河神社には、大師が唐から持ち帰られた密教法具など、大師由来の遺品の数々が残されています。
天河神社の主祭神は、市杵島姫命で、俗に弁天様とも呼ばれる女神です。弁財天は、川の流れの妙なる様を神格化したものです。
水の神様であるとともに、水のせせらぎの如く、素直で妙なる弁舌や音楽の神として、芸能の守り神としても信仰を集めています。そのため芸能関係者や文化人の間で、天河神社への崇敬が厚いことも、人気に拍車をかけています。
中でももっとも有名なのが、奈良県出身のアーティストで「KinKi Kids」の堂本剛さんです。2011年(平成23年)4月に発売されたソロ名義の『縁を結いて』(えにをゆいて)という曲では、天河神社に滞在中に歌詞の原型を書き、ミュージック・ビデオもここで撮影しました。
二の鳥居をくぐると、拝殿へと続く石段があります。出入口には、菊の御紋が入った幔幕が張られ、神さびた凜とした雰囲気を感じさせます。
天河神社独自の神器「五十鈴」とは
拝殿の建物はかなり大きめで、しっかりと屋根に覆われています。拝殿の奥には、かすかに本殿が見えて、ほの暗い拝殿に光が差し込む様子は、とても神々しく、神様を身近に感じられます。
御祭神は、中央に弁財天、右に熊野権現、左に吉野権現がお祀りされており、神仏習合の形態を今も残しています。
天河神社では、拝殿に吊るされている鈴に「五十鈴(いすず)」と呼ばれる独自の神器が用いられています。五十鈴は、3つの球形の鈴が組み合わさったもので、それぞれ「生魂(いくみすび)」「足魂(たるみすび)」「玉留魂(たまずめむすび)」といいます。
これは、肉体・精神・魂、あるいは天・地・人なる三位一体の調和状態を表しています。
拝殿内、本殿の正面には、レッドカーペットが敷き詰められた立派な「能舞台」が設けられています。
天河神社は、古くより能楽との関わりが深く、能の第一人者、世阿弥も用いたとされる阿古武尉(あこぶじょう)の面、能楽草創期からの価値の高い能面や能装束が多数奉納されています。
能舞台では、神前での能の奉納が毎年行われ、ほかにアーティストによる演奏奉納なども行われています。
天から降った石「天石」めぐりも楽しい
ほかに天河神社で有名なものが「天石」という磐座です。この地は古来より「四石三水八ツの社」と言われ、「四つの天から降った石、三つの湧き出る清水、八つの社」に囲まれし処とされ、神域を表しています。その内、三つの天石が境内に祀られています。
一つ目の天石は、二の鳥居をくぐって数段ほど石段を登った右手側(写真)。二つ目の天石は、さらに石段を登り進んだ左手側の五社殿の前。三つ目の天石は、拝殿の裏手の階段を降りたところにある行者堂の左隣です。
とくに三つ目の天石は、囲いの無い状態ですので、見逃さないようにしましょう。
さらにパワースポットとしては、参道の石段脇にある「五社殿」があります。手前から、龍の化身「龍神大社」、森本神社御祭神「大将軍大神」、天照大御神の別名「大日霊貴神」、菅原道真公の「天神大神」、琵琶山の地主守神「大地主大神」が祀られています
また境内にある「斉灯殿」には、1000年間、守り続けられている灯明があります。お祀りされている「一千年の灯」の神器は、1999年(平成11年)4月、天河を訪れたイタリアのミラノ在住のグラスアーティストのサヴィーノ・ヴェントゥーラ氏の手によるもの。
器は、天河のイメージを瞑想しながら精魂込めて特別に創られたベネチアガラス製。さらに、御神燈を灯すための燃料は、自然環境に配慮したオリーブ天然油です。
この尊い神器に灯された「一千年の灯」は、西暦3000年まで守り灯され、1000年間の橋渡しとして、人々の平和の祈りとともに灯され続けられます。
天河神社で人気のおみくじ「古代言霊御託宣」とは
神社をお参りしたときの楽しみとして、おみくじがありますが、天河神社のおみくじは、普通のおみくじ(200円)と古代言霊御託宣(300円)の2種類があります。
古代言霊御託宣は、古代と書かれているとおり、古文のように難解な文章と崩し字で、普段から昔の言葉を読みなれていないと、パッと見た感じでは、吉凶の判断くらいしかできないと思います。
しかし、おみくじに書かれている言葉は、神様から与えられる貴重なメッセージ。大切に持ち帰って、その意味を自分なりに把握するようにしましょう。
また、授与所では、「五十鈴」を御守としてお受けすることができます。写真は、真鍮製の五十鈴守(根付け、2800円)。金・銀の2つがあります。
天河神社の御朱印(300円)には、社紋である「菊の御紋」が描かれています。これは、南北朝時代に天川村が南朝と深い関わりがあったことに由来します。
天河神社の奥には「南朝黒木御所跡」があるので歴史ファンの方は、お参り後にぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
「禊殿」で大いなる大地のパワーをいただこう
天河神社の前にある「来迎院」は、もともと天河神社の七堂伽藍の塔頭のひとつで、かつては、天河神社の奥の御所跡に建っていて、南朝の行宮所と伝わります。
境内には、弘法大師のお手植えと伝わる見事な大銀杏(天然記念物)があり、秋には境内を黄色く染めます。その脇には、弘法大師が「あ字観」として完成した密教の石碑が残されています。
また、天河神社から徒歩で川沿いに約5分ほどのところにあるのが「禊殿」です。御祭神は、経津主神、宇迦之御魂神、国之常立神で、国之常立神は、別名をガイア神とも呼ばれています。
禊殿の背後の山は高倉山で、約2億5千万前に日本列島に最初に隆起した神奈備で、日本最初の御山(磐境)です。そのため、高倉山は今でも禁足地となっています。
御祭神のひとり、国之常立神は、大地の神様です。そのため、禊殿の両側に祀られている2つの岩、男石・女石は、触れると大地の温もりを感じることができます。天河神社を訪れたら、ぜひ禊殿にもお参りして、大いなる大地のパワーをいただいてください。 

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天河大辨財天社
place
奈良県吉野郡天川村坪内107
phone
0747630558
opening-hour
7:00-17:00
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