「シュガートレイン」日本最南端の鉄道は南大東島にあった!?


2014.05.30

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日本最南端の鉄道と言えば、平成15年に開通した沖縄本島を走る「ゆいレール」です。しかし昭和58年まで南大東島では、とある鉄道が運行されていたのです。その名も「シュガートレイン」と呼ばれる、さとうきび運搬用の鉄道。絶海の孤島・南大東島こそ、沖縄で初めて鉄道が通った島であったのです!今、復活の声も聞こえる「シュガートレイン」をご紹介します。
さとうきびの島で生まれた鉄道
沖縄本島から東へ360kmの洋上に浮かぶ絶海の孤島・南大東島。開拓されてからまだ100年と歴史の浅い島でもあります。
開拓後、島を支えたのはさとうきび産業。今でも島じゅうにさとうきび畑が広がる光景を目にすることができます。そのさとうきびを製糖工場や港へと運ぶため、島内のいたる所に線路が敷かれたのです。その線路を走っていたのが「シュガートレイン」。絶海の孤島で人知れず走っていた鉄道なのです。
小さな島を網羅した線路
「シュガートレイン」の歴史は開拓と共にあり、開拓2年後の明治35年には手押し貨車用軌道の敷設に着手し、翌年の路線延長は既に2.6kmに達していたそうです。
その後、事業の拡大と共に路線は延ばされ、最終的には島全体を一周し、港や畑、製糖工場を結ぶ総延長30kmにも及ぶ線路が敷設されたのです。そして時代の変遷とともに、軌道幅も拡幅され、線路を走る姿は手押し貨車から蒸気機関車、最終的にはディーゼル機関車へと変わっていきました。また、さとうきびを運ぶだけでなく客車を取り付けていた時代もあり、「シュガートレイン」は島民の暮らしに密着していたのです。
近代化産業遺産群にも認定
大正時代から走り始め、沖縄戦を乗り越え、アメリカ統治下だった時代も耐えて走り続けてきた「シュガートレイン」。それも時代には抗えず、トラック輸送に切り替わってきた昭和58年の収穫期を最後に廃線となってしまい、現在ではその線路もほとんどが撤去されてしまいました。
南大東島中心部にある、ふるさと文化センターには当時の資料と共に、実物の蒸気機関車とディーゼル機関車が展示されています。そんな「シュガートレイン」は平成19年に「南大東村の製糖関連遺産」として近代化産業遺産群の認定を受けています。その時にふるさと文化センターの展示車両は一度お色直しをされているのですが、既に今では歴史を感じさせる風情へと変わっています。
近代化産業遺産群にも認定
廃線後、線路はほとんどが撤去されてしまっているのですが、一部だけ現在もその痕跡を辿ることができます。今でも島内数か所ではありますが、レールも残っています。
絶海の孤島に”レール”があること。その事実を目の当たりにするだけでも感動を覚えます。そんな「シュガートレイン」の痕跡を追い求めて全国から南大東島を訪れる鉄道ファンも少なくないとか。
画像の線路跡は南大東空港から北西に位置する新東地区。道路を横切るようにレールが残っています。
シュガートレインの軌跡は島に点在!
こちらの画像は南地区にある線路跡。線路はそのまま防風林の中に消えていくような形で残っています。
このようなレールのある線路跡以外にも、レールは残っていませんが、集落の中心から港への線路跡が散策路になった「フロンティアロード」と呼ばれる道も残っています。また、南大東空港にもシュガートレインのレールが置いてあったりするなど、実は南大東島のいたるところにシュガートレインの痕跡が残っています。
既に廃線になって30年、絶海の孤島をさとうきびを積んだ蒸気機関車が走り回っていたことを想像しつつ、ノスタルジーに浸ってみるのもいいかもしれません。
シュガートレイン復活へ!?
廃線となって久しい「シュガートレイン」なのですが、なんとここにきて復活の声が!観光客誘致に役立てるとともに、南大東島の暮らしを支えた列車の歴史を後世に伝える狙いで路線の復活が計画されているんです!
港と役場付近を結ぶ線路跡2・7キロを整備し、2014年度の着工、2015年度の運行再開を目指すとされています。実現すれば、沖縄県内離島では唯一、そして国内最南端の鉄道となる予定!
鉄道ファンのみならず注目が集まる「シュガートレイン」。絶海の孤島で再び動き出す小さな鉄道を訪ねて、南大東島を訪れてみてはいかがでしょうか? 

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株式会社シュガートレイン
place
沖縄県那覇市首里儀保町2丁目13
phone
0988823123
no image

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