対馬藩の史跡で見逃せない!「旧金石城庭園」と「万松院」


2019.02.26

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対馬市厳原(いづはら)中心部には対馬藩の史跡があります。対馬藩・宗家が建立した金石城、旧金石城庭園、そして万松院と、江戸時代以降の対馬の歴史を知る上で欠かせない場所。福岡や壱岐と厳原を結ぶ船が出入港する厳原港からも歩いて行ける距離で、アクセスも良好です。日本と朝鮮との関係にも多大な影響を与えた対馬藩の史跡を見に、厳原市街にある史跡へ出かけてみませんか。
対馬藩の居城だった「金石城」!朝鮮国王・李家との結婚碑も
江戸時代の対馬は対馬藩主・宗(そう)氏が治める地域。現在の対馬市厳原にある金石(かねいし)城は対馬政庁として機能していた時代がありました。戦国時代の1528年、金石屋形があり、朝鮮通信使を迎えるために近世の城へ改築したと言われています。江戸時代に入った1659年に厳原市街は大火と共に消失。翌1660年、宗義真(よしざね)によって城下の再建が行われます。
1665年に再建が終了し整備拡張され、1669年に大手門を築いて櫓(やぐら)を建ててから金石城と呼ばれるようになりました。現在の櫓門(写真)は、1990年に復元された3代目で、初代は江戸時代に消失。すぐに2代目が復元されましたが、大正時代に解体。城郭は国の史跡に指定されています。
<金石城東の櫓門の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町今屋敷670-2
櫓門を通ってすぐにある碑が「李王家宗伯爵家御結婚奉祝記念碑(写真)」。戦前の1931年、朝鮮国王高宗の娘・徳恵(とくえ)姫が、旧対馬藩主当主の宗武志(たけゆき)伯爵と結婚したことを記念し、当時対馬に住んでいた韓国の人々によって建立されました。しかし徳恵姫は生まれてから精神疾患を抱えていて、子供を産んでから再発。武志伯爵は徳恵姫を介護しましたが、戦後となった1955年、李家からの離縁要求により離婚し、1962年に韓国へ帰国します。
離婚後は記念碑が撤去されていましたが、2001年に復元。右にある碑文には最後に日本語と朝鮮語で、「2人の苦難の生涯を想い起こしつつ、双方の民族の真の和解と永遠の平和を希うものである」と記述。韓国人観光客が対馬に来ると必ず訪れるといわれる碑でもあります。
旧金石城庭園は国指定の名勝!対馬特産の石も
旧金石城庭園(写真・冬に撮影)は城館の南西隅にあった庭園。金石城跡大手門(櫓門)から山の方へ進むと管理棟と庭園の入口があります。金石川沿いの道路との間には垣根、中心に心字池(しんじいけ)があります。池底には漏水防止のために種類の違う粘土を交互に重ねた「版築(はんちく)」という工法で底打ちしているほか、対馬固有の石英斑岩(せきえいはんがん)から出来た白い土を用いるなど、近世庭園としては稀に見る構造をしていました。
対馬藩主宗家文書の「毎日記」には、元禄時代の1690年から1693年に御城での作庭が行われたことを伝える記事があります。また1806年から翌年にかけて朝鮮通信使を迎えるために宿泊所の建築など城内を整備し、整備後の建物を描いた図には「泉水」が書かれていました。戦後1947年厳原中学校がこの地に設立。1949年宗家の働きかけで校地として寄贈を受けます。校庭の片隅に巨大な景石と荒れ果てた池があり、地元の人は「殿様の池」と呼んでいました。
1979年に厳原中学校が現在の桟原へ移転するまで使用され、移転後に発掘調査が行われます。発掘調査後は覆土で現状を保存しながら復元され、2008年に完成し一般公開されます。2007年2月6日には国の名勝に指定されました。特に春から秋にかけての晴れた日は、写真のように青々とした素晴らしい景色となります。
<旧金石城庭園の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町今屋敷670-1
電話番号:0920-52-5454(管理棟)
定休日:火曜日・木曜日
開館時間:9:00~17:00
アクセス:厳原港から徒歩15分
入館料:大人300円、小中学生100円
旧金石城庭園の出口の近くには金石城の搦手門(からめてもん)の跡(写真)があります。現在の石垣は築造時の姿が推定できるよう下部の約3分の1を復元したものです。城内の公園整備中に石敷きが発見され、1992年の発掘調査で魯台の石垣などが検出。残念ながら大半は厳原中学校施設建設工事時に壊されていました。
「万松院」は歴代対馬藩主が眠る宗家の菩提寺
万松院(ばんしょういん)は1669年、対馬藩2代目藩主(宗家20代)宗義成(よしなり)が初代藩主・義智(よしとし)の冥福を祈って1615年に建立。宗家の菩提(ぼだい)寺として特別な崇敬を受けてきました。万松院の名前は義智の法号に由来します。数度の火災で焼失し、創建当時の姿を残すのは写真の山門のみで、山門は対馬最古の建物。山門の入口だけ入館料なしで見ることが出来ます。金沢の前田家、萩の毛利家の墓地とともに日本3大墓地といわれています。
現在の本堂(写真)は1879年に再建された建物です。本堂の手前にある受付で入館料を払って入場出来ます。
堂内には正面から見て右側に、朝鮮国王から寄贈された仏具である三具足(みつぐそく・写真)があります。また近くには徳川将軍の大位牌(いはい)も並んでいます。
石段を上ったところに御霊屋!墓所の手前には大スギ3本「万松院」
本堂と山門の裏を通り、百雁木(ひゃくがんき)と呼ばれる132段の石段(写真)を上っていくことが出来ます。また途中には中御霊屋(なかおたまや)や下御霊屋(しもおたまや)がありますが、総じて中御霊屋と呼ばれることが多いです。中御霊屋には藩主の側室や童子(どうじ)のお墓があります。
万松院でも北端にあり、各御霊屋の中でも最も高い位置に設けられているのが上御霊屋(かみおたまや・写真)で、宗家19代から32代の当主と夫人や子、万松院の由来となった宗義智のお墓です。
万松院には建立前からそびえたつ樹齢1200年といわれる大杉が3本あり、写真の杉が最大木で、杉では対馬一の樹齢を誇っています。残り2本は百雁木の途中に存在。3本とも長崎県の天然記念物に指定されています。
<万松院の基本情報>
住所:長崎県対馬市厳原町厳原西里192
電話番号:0920-52-0984
定休日:なし
開館時間:8:00~17:00(夏季は18:00まで)
アクセス:厳原港より徒歩15分
拝観料:大人300円、高校生200円、小中学生100円 

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万松院
place
静岡県藤枝市岡部町子持坂501
phone
0546670578
no image
旧金石城庭園
place
長崎県対馬市厳原町今屋敷670-1
phone
0920525454
opening-hour
9:00-17:00

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