この小さな石が立身出世を約束!?運気アップの京都・宝積寺


2019.01.27

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大阪府との県境に近い京都府の大山崎といえば、古くは羽柴秀吉と明智光秀とが戦った山崎の合戦の戦跡地として、その名を知る方も多いでしょう。そんな大山崎の街を見下ろす高台に立つ宝積寺は秀吉ゆかりの寺院であり、山崎の合戦において天下人としての足がかりを作った秀吉ゆかりのものもまつられています。今回は宝積寺を紹介し、秀吉の立身出世にあやかってみましょう。
奈良時代の創建と伝わる宝積寺
「宝積寺(ほうしゃくじ)」は京都府乙訓郡大山崎町にある寺院。山崎の合戦の舞台となった天王山の中腹に位置しています。寺伝によると、創建は奈良時代前期。聖武天皇の命によって僧・行基が建立したとされます。本堂は京都府の文化財に登録されており、入母屋造・本瓦葺。1605年(慶長11)に改築されたものです。
写真は堂内の外陣を撮影したもので、内部は大きく分けて外陣と内陣の2区画から成ります。内陣中央に安置された厨子には、鎌倉時代に作られた本尊・十一面観音菩薩立像(国の重要文化財)が安置されています。
この小石が立身出世を約束!?秀吉ゆかりの「出世石」や大黒天ゆかりの縁起もの
宝積寺と秀吉とのかかわりは、明智光秀との決戦に際して、秀吉が宝積寺の位置する天王山に本陣を置いたことに由来します。天王山はやがて秀吉方に属する山崎城として整備され、宝積寺もその城郭の内部にとりこまれることになりました。
写真は本堂の脇に残る小石。山崎の合戦の折、秀吉がこの石に腰を下ろして采配を振るったことから「出世石」と呼ばれています。こんな小さな石が!?と驚く方も多いでしょうが、立身出世を願う人はこちらの出世石にお祈りしてみてはいかがでしょうか。
本堂の横に位置する小槌宮には、聖武天皇が夢のなかで竜神から授けられたという「打出」と「小槌」とがまつられています。「打出」と「小槌」といえば、大黒天。堂内にたくさん吊るされた提灯にも「大黒天」と記されています。宝積寺が別名「宝寺」と呼ばれるゆえんです。大黒天と「宝寺」の名にあやかり、商売繁盛、金運アップを願いましょう。
こちらの梵鐘は「待宵の鐘」と呼ばれています。室町時代、松田宗誠によって寄進されたもので、「待つ宵のふけゆく鐘のこゑきけば あかぬ別れの鳥は物かは」という待宵小侍従の歌にちなみ、「待宵の鐘」と呼ばれることになりました。
運気をアップさせよう!授与品の数々
授与所では、ご覧のような祈符も分けていただけます。運気をアップさせるためにもお求めになってはいかがでしょうか。
こちらは上で紹介した小槌や大黒天の形を模したおみくじです。
貴重な文化財がたくさん!閻魔堂と三重塔
閻魔堂には、その名のとおり、閻魔王とその眷属の像が多数安置されています。その憤怒の表情は圧倒的!仏像ファンだけでなくとも魅了されますよ。
墓地の横に建つ三重塔は桃山時代の作で、国の重要文化財となっています。堂内には大日如来坐像が安置されていますが、非公開となっています。
天王山登頂証明書発行所としての宝積寺
宝積寺では、天王山の登頂証明書も発行していただけます。天王山の登頂を目指す方は宝積寺に立ち寄り、登頂証明書をいただきましょう。
宝積寺の歴史性が運気のアップと深い関わりを持っていること、おわかりいただけたでしょうか。立身出世、金運アップ、どちらも願うためにも宝積寺にご参詣ください。 

宝積寺(宝寺)
place
京都府乙訓郡大山崎町大字大山崎字銭原1
phone
0759560047
opening-hour
9-16時
no image

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