讃岐国の中心だった小さな港町~東かがわ・引田~


2018.08.31

LINEトラベルjp 旅行ガイド

香川県のほぼ東端、東かがわ市の小さな町に、わずかな期間ながら讃岐国の中心部だった頃がありました。文禄4(1595)年、讃岐国17万1800石を与えられた生駒親正は当初、この引田に居城を定めて城下町も整備。ところが、治めるには端過ぎたことから断念し、高松城へ移っていきました。その後は、城下町から風待ち港の町に性格を変え、醤油の醸造でも栄えます。今回は、そんな小さくも歴史の詰まった町のご紹介です。
先人による意匠や仕掛けの良さを感じる「讃州井筒屋敷」
引田の観光の中心は、JR引田駅から400メートルほど北進したところにある讃州井筒屋敷です。醤油・清酒の醸造業で栄えた井筒屋こと元高松藩郷士・佐野家の屋敷であり、主に江戸期から大正期にかけて使用されていました。広い敷地内に2階建てで桟瓦葺きの母屋をはじめ、奥座敷、茶室のほか、奥には蔵を何棟も控えており、規模の大きさを感じられます。
母屋を土間から上がり、奥へ進むと日本庭園があります。庭園には棟門形式の大庄屋などが利用したのではないかと思われる御成門もあります。御成門に続く土塀は、外壁に網代組みの装飾をしてあるのが珍しく、必見の場所の一つです。土塀の屋根も本瓦葺きになっており、古さを感じられます。
母屋を左に折れて、濡れ縁を進んだところにも先人の面白い工夫が見られます。濡れ縁とは、雨が降ってきた時に限り雨戸をはめ込む縁であり、多少濡れる想定もしてあることから、外に向かって1センチ傾けて水が流れるようになっています。
写真の左は雨戸を収納するスペースです。ここから雨戸を右にスライドしてスムーズに設置する工夫も見られます。こうした工夫は興味深いです。
<基本情報>
住所:香川県東かがわ市引田2163
アクセス:JR引田駅より徒歩10分
開館時間:10:00~16:00(母屋)
定休日:水曜日(祝日の場合は営業)
拝観料:300円
残る古建築の一つひとつが趣深い「引田の町並み」
引田には、讃州井筒屋敷以外にも町の主要道である本町通り沿いを中心に風情ある建物が複数あります。現在も住宅として使用されている長屋門付きの邸宅、魚の卸を行っていた江戸末期の商家、廻船業を行っていた江戸後期の商家なども並びます。
江戸期から昭和期にかけて様々な年代の建物が並んでいるため、町並みの統一感はやや薄い印象を受けますが、一つひとつの建物の趣深さは出色です。
写真は旧松村医院。桟瓦葺きではありますが、多彩な屋根の構造が見ていて飽きません。昭和期に清酒醸造に利用された建物で、その後、医院として利用されました。医院は洋風建築の多い医院にあって、この純和風の佇まいは珍しい印象を受けます。
<基本情報>
住所:香川県東かがわ市引田
アクセス:JR引田駅より徒歩10分
開館時間:見学自由
眺望が素晴らしい「引田城」
引田の町を北に抜け、往時の風待ち港の横をすり抜けると、播磨灘に突き出た城山が現れます。この山上に生駒親正が当初、居城とした引田城がありました。
風待ち港からほど近い登山口を登ると、間もなく、遠くには讃岐山脈、眼下には引田の港や町を望めるポイントに至ります。しかし、城の曲輪はもう少し先です。
先ほどの展望所からもう少々上がると、まずは引田城の本丸にたどり着きます。そして、南二の丸、北二の丸、東の丸と続いて連郭式の縄張を成しています。
圧巻なのは、北二の丸の石垣です。山上にありながら、5メートル以上の野面積みの高石垣が連なります。御殿は山麓ではなく、南北二の丸にあったとされ、戦国期の終わりに山上で完結する織豊系城郭は珍しい存在です。
ただ、引田そのものが讃岐国を治めるには東に寄り過ぎていることに加え、平山城が主流となってきている当時にあって、山上に政庁を置いたのも時代の流れから逆らったもの。これらの問題点を一挙に解決する意味で、親正は引田を去ることを決めたのではないか、と考えさせられます。
引田城本丸の奥に展望台があります。ここからは、淡路島の山の連なりがよく見えます。瀬戸内海の眺望と言えば、多島美を連想するものですが、こうした箱庭的な景色もあることも知れる場所です。親正はこの景色を手放すことを惜しんだに違いないと、そんな想像が芽生えます。
<基本情報>
住所:香川県東かがわ市引田
アクセス:JR引田駅より徒歩20分
開館時間:見学自由 

read-more
讃州井筒屋敷
rating

3.5

9件の口コミ
place
香川県東かがわ市引田2163
phone
0879238550
opening-hour
10:00-16:00(店舗ごとに異なる…

この記事を含むまとめ記事はこちら