東京都品川区「大盛湯」はカフェのように過ごしたい鑑賞型の銭湯


2018.07.18

トラベルjp 旅行ガイド

東京都品川区では24軒の銭湯が営業しており、温泉が出る施設、改装して新しい施設と、種類は様々です。今回ご紹介する大盛湯は温泉は湧いておらず、昔ながらの普通の銭湯です。しかし、外観、脱衣場、浴室と、立ち止まってゆっくり眺めたいほど、目から癒される銭湯なのです。
入場前に5分は眺めたい外観
JR大井町駅から徒歩13分、もしくはJR西大井駅から徒歩7分、銭湯「大盛湯」は住宅街のなかで、時が止まったかのように佇んでいます。創業は昭和25年頃、建築当時の姿のまま営業を続ける老舗です。屋根の造形はカーブを描いた唐破風、その上に八の字型の千鳥破風、その後ろには現役で活躍している煙突がそびえ立つ…銭湯建築の王道を、一度に視界に収めることができます。
唐破風屋根の下には木の彫り物が飾られています。これは懸魚(げぎょ)といい、木造の建物を火災から守ってほしいという願いを込めて、寺社仏閣に取り付けられた装飾品です。このように銭湯では、寺社仏閣に使用された装飾が施されていることが多く、レトロさと荘厳さを演出しています。大盛湯の懸魚に彫り込まれているのは3羽の鶴。鶴は長寿の象徴、このまちでの末永い商売繁盛を願い、彫られたのでしょう。お店に入る前にじっくりと鑑賞すべき芸術品なのです。
暖簾をくぐると、左右に下足箱があり、その正面にフロントがあります。かつては下足箱の扉の先が男女の脱衣場に分かれる番台式でしたが、10年ほど前にいまのかたちに改装しました。手ぶらで来ても一通りの浴用品が販売されているので、ふらっと立ち寄ることも可能です。左手にある窓からは男湯の庭を見ることができます。じつはこの窓、大盛湯らしさを感じられる大切な設備です。その紹介はのちほど。
全方位レトロ!最高に落ち着く脱衣場
フロント右手が女湯、左手が男湯に分かれており、暖簾をくぐると脱衣場となっています。高い天井と年季の入った木材の色合いは、懐かしさ、そして静謐な雰囲気も持ち合わせているようです。56個のロッカーに体重計とシンプルなつくりですが、大盛湯の脱衣場はただ衣服を脱ぐ場所ではありません。随所に歴史を感じる建築がちりばめられています。
上を向くと広がる天井は四角いマス目を組み合わせたつくりをしています。これは格天井といい、先程の懸魚同様、寺社仏閣で使われた格式高い建築様式です。さらに大盛湯ではそのマス目を異なる大きさで配し、壁面と接する部分がカーブを描く折り上げ式格天井というスタイル。難度の高い建築となっています。
天井から床に目を移すと、綺麗にワックスがけされた床。銭湯で重要な清潔感を感じることができます。湯上がりにソファに腰かけて、脱衣場を眺めればそこに広がるのは非日常。静かな温泉地の超老舗旅館に滞在しているような、素敵な時間を過ごすことができます。
湯あがりタイムはまるでカフェ
大盛湯では男女の脱衣場に小さな庭と縁側があります。写真は女湯の庭。サイズは小さいですが、綺麗に磨かれた床とベンチを視野に入れると、なんだか一枚の絵画のように見える、素敵な空間です。右側にあるのは、銭湯レトロアイテムの一つ、おかまドライヤーです。通常はソファのような椅子のことが多いですが、大盛湯では木製の椅子におかまドライヤーが設置してあります。現在では貴重な設備となりつつあります。ぜひ体験してみては?
こちらは男性脱衣場の庭。岩が配され、木々が青々と輝いています。十分に癒される空間なのですが、中央の大きな木は八重桜。4月上旬から5月上旬まで桜が咲いているのです。夜にはライトアップをおこない、湯上りの時間を一層特別に演出しています。男性の庭ということは女性は見られない…? 写真のようには見られませんが、冒頭に紹介したフロントの窓から見ることができます。女性でも見られるようにあえて窓をつける…どれほどこの桜が愛されてきたかを物語っています。
庭だけでなく、この引き戸も注目してほしいポイントです。光沢のある木枠に、なんとも懐かしいねじ締まり錠。引き目で眺めても、寄って細かい部分を見ても、美しさと懐かしさがあります。縁側やソファでコーヒー牛乳片手に一息ついていると、まるでオシャレなカフェに来ているよう。「時間を気にせずのんびりしていってもらいたい」という店主の想いを存分に反映した空間なのです。
奥行きを感じる背景画と、めったに見られないアレの根元
大盛湯の浴室は広い湯船と、少し熱めの深い湯船の2種類。広い湯船には背中をもみほぐすジェットが付いています。注ぐお湯はこのエリアで汲み上げられる井戸水です。設備はそれだけ、日々の入浴をサポートするという、銭湯の原風景が現存しています。湯船の設備が少ない分、浴室はとても静かで、水の音、椅子や桶を床に置く音が響きます。
銭湯のシンボルでもある背景画は、富士山のイメージが強いなか、ヨーロッパの街並みが細かなタイルで描かれています。この絵とあわせて楽しむべきなのは、男女の浴室を仕切る壁面に描かれたタイル絵です。両方を視界に収めるように眺めると絵に奥行きを感じられ、浴室全体が背景画に溶け込むような感覚になります。
湯船のすぐ背後にある窓は自由に開けることができ、外気を取り入れて露天風呂のような空気感を味わうことができます。窓の外は小さな庭になっており、岩や植物が配されています。この窓と庭が、日の光が入って明るい日中、目を凝らさないと庭が見えない夜と、浴室全体を異なる雰囲気に変えてくれます。また、女湯側の庭では煙突を見ることができます。大人が手を回しても足りないくらい大きい…間近で煙突を見ないと気が付けないことです。ぜひ実物を見ていただきたい!
知ってますか?薪でお湯を沸かす大変さ
大盛湯のお湯は薪で沸かしています。現在薪を燃料とした銭湯は急激に数を減らしており、その理由の一つに、重労働である、という点が挙げられます。丸鋸を使って薪を釜にくべられるサイズに店主自身がカットし、一つ一つ熱を伝えやすいようにくべ、煙突から煤を出さないように火力を調整する…さらにこの仕事を完璧に遂行するには、その日の天気、気温、湿度、さらには使う木の状態と、様々な要素が絡んでおり、毎日同じことをしていればいいわけではないのです。
様々な条件をクリアして加温された湯が湯船に供給されます。溢れて流れた分だけどんどんお湯が追加されるので、営業中はお客さんの入りにあわせて火力を調整しなければなりません。片時も釜場から離れることができないのです。
お湯は温泉でも何でもない、井戸水なのかもしれません。しかしこのような工程で出来上がっていると知れば、その価値は入浴料金の460円がとても安く感じられるものではないでしょうか。
ピカピカの新しい設備が搭載された銭湯、温泉がメディアに取り上げられがちですが、まちの古い銭湯には滲み出る歴史があります。古さに懐かしさを感じる世代、逆にその古さを新しく感じる世代、年代問わずお店の歴史は私達を感動させてくれます。銭湯の原点を、のんびりと体感してみてはいかがでしょうか。 

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大盛湯
rating

3.0

2件の口コミ
place
東京都品川区二葉2-4-4
phone
0337888477
opening-hour
15:00-23:00
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