名桜の宝庫「一本桜の里」南信州飯田の春を旅する!


2018.03.12

LINEトラベルjp 旅行ガイド

南信州飯田市には、樹齢300年を超える由緒ある老桜や樹形の素晴らしい一本桜が多く残されており、信州の中でも桜の名所として人気があります。限られた地域で、これだけ多くの名桜が観られる所は全国的にも大変珍しく、市内に一本桜が多いのは江戸時代の飯田藩主が桜好きだったため、周辺に植えるように命じたためと伝わります。信州の春を彩る、零れるような満開の花が咲く桜を、時間をかけて巡ってみてはいかがでしょうか。
飯田城二の丸跡を彩る「安富桜」
丘の上と呼ばれる飯田市の中心市街地は、なだらかな段丘面に碁盤の目のように道路が走り、「信州の小京都」と呼ばれるにふさわしい整然とした街並みが続きます。飯田藩の城下町として栄えた歴史を持ち、脇坂氏や堀氏などの歴代藩主は風流と桜を愛しました。追手町、江戸町、愛宕町などには樹齢三百年以上の名桜、老桜が多く残っています。
正しくは長姫城と呼ばれる飯田城跡は、飯田市が一望できる高台にあり、二の丸跡には現在飯田市美術博物館があります。
追手町の飯田市美術博物館の敷地にあり、樹齢は450年以上、胸高周囲6m、樹高約20m、県の天然記念物に指定されているのが「長姫(おさひめ)の江戸彼岸桜」です。通称「安富桜」の名で親しまれていて、この飯田城(長姫城)二の丸跡が家老安富氏の邸宅だったため、この名がつきました。
人工的な支えもないまま太い枝を四方に伸ばす姿は、どうどうたるものです。幹と枝張りが雄々しく均整のとれた美しい樹形が素晴らしく、古木の風格を感じさせてくれます。その凛々しい立ち姿は近くで見ても遠くから見ても美しく、傍らでサンシュの黄色い花が彩りを添えています。美術館の前庭にあるので美術鑑賞とともに楽しむのもいいですね。
<安富桜の基本情報>
住所:長野県飯田市追手町2-655-7
同町の県飯田合同庁舎の東端の崖縁にあるのが「桜丸の夫婦桜」。ここは曲輪内に桜が多く植栽されたので桜丸と呼ばれた飯田城桜丸跡地で、脇坂安元が建てた桜丸御殿がありました。推定樹齢400年、胸高周囲5m、高さ10m、南アルプスを望むような樹形が見事です。一本の木に見えますが、エドヒガンとシダレザクラが根元で合体していて、寄り添って咲く珍しい夫婦桜です。
<桜丸の夫婦桜の基本情報>
住所:長野県飯田市追手町2-678
飯田城下町を彩る一本桜
江戸時代に江戸詰の交代藩士の屋敷があったことから名付けられた江戸町には、武田信玄の息女、黄梅院姫の菩提を弔うために建立された黄梅院があります。本堂脇に植えられている「黄梅院の枝垂れ桜」は、推定樹齢約350年の紅彼岸系の古木です。飯田城主脇坂安政公が、先代である安元公の菩提を弔うために、「弥陀の四十八願」にちなんで領内四十八寺堂に植えた桜の一本とも言われています。
樹高約18m、幹周り5.5m、天に向かって真直ぐに立ち、左右に枝を張った姿はまるで冠のような樹形で気品を感じさせます。開花時の紅色がひときわ鮮やかなのも特徴で、日が経つにつれて花びらは白さを増し、そのグラデーションを楽しむのも一興です。桜花の中で最も濃い紅色は紅梅をも思わせますよ。
<黄梅院の枝垂れ桜の基本情報>
住所:長野県飯田市江戸町3-251
同じ江戸町にある正永寺は、応永15年(1408)飯田城主・坂西由政によって開基された曹洞宗の寺です。本堂脇に立つ「正永寺の枝垂れ桜」は、戦国時代、飯田城主が各寺を城の周りに移転するように命令し、ここに寺が移転、建立された文禄3年(1594)に植えられたとも、飯田城主脇坂安政公が、先代である安元公の菩提を弔うために領内に48本の桜を植えたとされる、「弥陀四十八願」の一本とも推測されます。
推定樹齢400年余、胸高周囲3.8m、高さ15mの古木は、老木のため幹の傷みが激しいのですが、どっしりとした幹は飯田の歴史の重みを伝えています。幹の片側だけに大きく張り出し枝垂れて咲く花は、まるで天空からの大瀑布のように流れ落ち、荘厳な美しさです。
<正永寺の枝垂れ桜の基本情報>
長野県飯田市江戸町3-246-1
隣の愛宕町にある「愛宕神社の清秀桜」は、樹齢約780年、胸高周囲6.7m、高さ10mの巨木で市内最古、県内でも屈指の老木のエドヒガンザクラです。仁治元年(1240)、愛宕城が長姫城に移った跡地に建てられた、地蔵寺の清秀法印がこの桜を植えたといい、悠久の時を越えてきた深みのある美しさが感じられます。花びらが濃いピンク色をしているのが特徴です。
また境内には、昔境内でお店をしていた千代蔵さんが植えた「千代蔵桜」と呼ばれる一本桜もあり、一緒に楽しめますよ。
<愛宕神社の清秀桜の基本情報>
住所:長野県飯田市愛宕町2796
飯田市郊外・座光寺の日本唯一の半八重彼岸枝垂れ桜「麻績の里 舞台桜」
飯田市郊外座光寺の「麻績の里 舞台桜」は、5つの花びらの中に雄しべが花弁に変化した「旗弁」があり、花びらの数が5~10枚と定まらないのが特徴で、平成17年に新種と断定された「半八重枝垂れ紅彼岸桜」との呼び名を持ち、飯田下伊那でも人気の高い名桜の一つです。
名の由来となった旧座光寺麻績学校校舎は、明治7年に建てられた県下最古の学校建築で、2階が校舎、1階が歌舞伎舞台として使用されていました。
石段を上ると、古き良き時代の面影を残す手入れが行き届いた木造校舎が。その校庭に樹高8mのところから地面につくほどに伸びた枝を持つ、樹齢約400年の桜が出迎えてくれます。薄紅の花びらが風にそよぎ、横に長く伸びた枝は、垂れないように添え木があてられています。
建物の黒い屋根瓦とのコントラストが、その美しさをさらに際立たせているようで、南アルプスの眺望も美しいです。
<麻績の里 舞台桜の基本情報>
住所:長野県飯田市座光寺2516
「麻績の里 石塚の桜」は麻績の里舞台桜のすぐ近くにあり、石塚一号古墳の上に立つシダレザクラです。樹齢は250年、樹高は約15mで、根元には古墳の横穴があり石室が納まっています。小高く盛られた半円形の古墳の上で、まるでこの古墳を守るように
枝垂れた枝が包んでいます。
<麻績の里 石塚の桜の基本情報>
住所:長野県飯田市座光寺2535
飯田市郊外・毛賀「くよとの桜」
遠州街道の旧道沿い、段丘の斜面から長く枝を伸ばし、ながれ落ちる滝のようなダイナミックな姿が印象的な推定樹齢約350年のシダレザクラが「くよとの桜」です。根元には秋葉、蚕玉、天神といった神仏の石塔が並んでいて、信濃守護・小笠原氏の内紛の犠牲者を弔うための「くよと(供養塔)」と呼んだとされます。飯田市内でもっとも早く咲き始めるエドヒガンのひとつで、旧遠州街道を覆うように枝が伸び、のどかな田園風景とあいまって人気が高いです。
<くよとの桜の基本情報>
住所:長野県飯田市毛賀
飯田市郊外・大瀬木「増泉寺のベニシダレザクラ」
飯田IC近く大瀬木にある増泉寺は、およそ1200年の歴史を持つ笠松山の麓に立つ古刹。「増泉寺の天蓋枝垂れ桜」は樹齢約300年、天蓋のように境内を覆う見事な樹形の紅枝垂れ桜で、樹高は18mあり、地面スレスレに枝を落ろしています。見上げれば天から降るように思え、山門越しに眺めるとその大きさが際立ちます。国道153号から寺への路地が狭いので注意が必要ですよ。
<増泉寺の天蓋枝垂れ桜の基本情報>
住所:長野県飯田市大瀬木3660-6 

飯田市立中央図書館座光寺分館
place
長野県飯田市座光寺2535
phone
0265221401
no image
松川緑地
place
長野県飯田市愛宕町
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黄梅院
place
長野県飯田市江戸町3丁目251
phone
0265237717
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麻績神社
place
長野県飯田市座光寺2516
phone
0265533525
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飯田市美術博物館
place
長野県飯田市追手町2-655-7
phone
0265228118
opening-hour
9:30-17:00(入館は16:30まで)

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