僧・良弁と大鷲が飛んだ!?奈良「二月堂」からみる眺め


2017.12.06

LINEトラベルjp 旅行ガイド

東大寺から歩いて約10分ほどの所にある二月堂は、東大寺初代別当の良弁の弟子、実忠(じっちゅう)が建立したといいます。そこには、秘仏の観世音菩薩と良弁ゆかりの伝説が伝わります。高台のお堂からの眺めは、奈良市を一望でき、時とともに美しく移り変わる景色が楽しめる、穴場スポットです。今回は、二月堂の由来になった仏教法要と良弁ゆかりの伝説、そして、見所をご案内します。
二月堂とお水取り
二月堂は東大寺大仏殿の東側にあります。奈良時代(710~794)の752年に創建されたとされます。ご本尊は、大観音と小観音と呼ばれる秘仏、2体の十一面観音像です。創建された年は大仏開眼供養の年と同じ752年。二月堂や三月堂がある一画は、上院とよばれ、東大寺の起源にあたる金鐘寺(こんしゅじ)などのお堂が並んでいたといわれます。
二月堂の名前は、修二会(しゅにえ)といわれる仏教法要が旧暦2月に行われることに由来します。修二会は別名、お水取りともいわれ、例年3月1日から14日まで開催されます。この行事は、創建年といわれる752年から始まり、1260年以上一度も休むことなく続けられている、奈良に春の訪れを告げる行事です。
修二会の正式名称は、十一面悔過(じゅいちめんけか)。東大寺の僧侶が、人々にかわり日常生活で犯している様々な過ちを、ご本尊の十一面観音像の前で懺悔し、国家安泰と豊楽をお祈りします。観音様にお供えする水を汲み上げ、「お水取り」した僧侶を夜、照らす道明かりに、大松明に炎がともされます。
二月堂は江戸時代(1603~1868)1667年の、お水取りの残り火が元で、焼け落ちてしまいましたが、2年後には再建。現在の姿は、そのときに再建されたお堂になります。
観音菩薩が結んだ再会、良弁杉
二月堂は、良弁の弟子実忠(じっちゅう)が創建したといわれ、修二会も実忠が創始者といいます。良弁は、東大寺の初代別当になられた僧侶です。
二月堂の前に、ひときわ目だつ大きな杉の木があります。この杉の名前は良弁杉。この杉の木には、良弁にまつわるある言い伝えが伝わっています。
良弁は、幼い頃、大鷲にさらわれ、奈良春日神社の杉の木に捨てられます。通りかかった僧侶、義淵(ぎえん)に良弁は拾われ、義淵に育てられた良弁は、名僧になりました。後に、母子は観音菩薩の仏縁により再会を果たします。良弁が、大鷲にさらわれ捨てられた際、ひっかかっていたのが良弁杉と伝わります。このお話は、人形浄瑠璃の題目にもなりました。
白い吊り提灯がいざなう二月堂
二月堂は、北側にある石畳の階段をのぼってお堂に入ります。階段をあがり、入り口付近で、目にとびこんでくるのは、白い大きな吊り提灯。あまりみたことがないような、丸くてひらべったい特殊な形をしていて、それがお堂とあいまって独自の景観を見せています。
さらに進むと、そこにもたくさんの吊り灯籠があります。
ロマンチックな景色は夕方に
なんといっても、ここからみる東大寺大仏殿の姿も見下せる、奈良市の景色は絶景です。
日中にいっても、すばらしい景色をみることはできるのですが、おすすめは夕方です。日が落ちるにしたがい、吊り灯籠も夕日をあびて、そのシルエットを浮かび上がらせます。
昼とは違った、ロマンチックな景色は夕方に。
東大寺を開いた良弁ゆかりの良弁杉、その弟子実忠が創建した二月堂。そこからの眺めはかつて良弁をさらった大鷲がみた風景のようでもあり、その伝説の情景を思い起こさせます。
二月堂は東大寺から、歩いて約10分。24時間拝観が無料で可能です。東大寺におこしの際はぜひ、足をのばしてみてください。 

二月堂
place
奈良県奈良市雑司町406-1 東大寺内
phone
0742225511
opening-hour
24時間参拝可能

この記事を含むまとめ記事はこちら