石川県・宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」で未知との遭遇!?


2017.12.04

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石川県能登半島にある羽咋市は、江戸時代から空飛ぶ円盤が目撃されたという伝承が残されている“UFOのまち”です。ここに町おこしを兼ねて、1996年に開館したのが宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」です。「NASA」(アメリカ航空宇宙局)が特別協力するこの施設では、実際に宇宙で活躍した実物やレプリカなどの宇宙機材が展示されています。コスモアイル羽咋で宇宙開発から他の惑星探査活動の歴史を学んでみませんか?
宇宙開発の歴史を学ぼう
コスモアイル羽咋は、宇宙展示室とコスモシアターというプラネタリウムのほかに、公共ホールと羽咋市立図書館が併設されている複合施設です。概観は、宇宙船をモチーフしたものになっています。施設の横には、全高約25mの巨大なマーキュリー・レッドストーン・ロケットが。このロケットはアメリカ最初の有人宇宙飛行であるNASAのマーキュリー計画のために開発されたものです。
開発者のひとりであるフォン・ブラウン博士は、第二次世界大戦中にドイツが開発した世界初の液体燃料ミサイルおよび弾道ミサイル「V2ロケット」を手がけたことで著名な人物です。レッドストーンロケットの1段目と2段目は実物のロケット胴体です。この屹立するロケットの光景を目撃するだけで宇宙ファンの方は、いやおうなしにテンションが上がることでしょう。
宇宙展示室は施設の2階にあります。入り口には、日本人宇宙飛行士の毛利衛氏や若田光一氏などのサインが。ところで、いうまでもなく、最初に宇宙開発をリードしたのは旧ソ連です。1961年、ボストークロケット1号で「地球は青かった」というセリフで有名なユーリ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行士になりました。つづく1963年には、ワレンチナ・テレシコワがボストーク6号で世界初の女性飛行士になり、この時の言葉「私はカモメ」は当時の流行語にもなりました。
写真は、ボストークロケットで打ち上げられたボストークカプセルです。このボストークカプセルは、一人乗りで、宇宙飛行士を乗せて実際に飛行し、宇宙から帰還した実物です。大気圏の再突入の際に摩擦によって表面が焼けています。
驚かされるのは宇宙飛行士の帰還方法。このカプセルは、大気圏に再突入したあと高度6000mで、カプセルから飛行士を座席ごと射出します。射出された飛行士はパラシュート降下によって地上に帰還するのです。同じようにカプセルも自動でパラシュートを開いて帰還します。今では到底、考えられないスリリングな帰還方法ですね。
宇宙開発競争に遅れをとったアメリカが、地球の軌道飛行のために計画したのがマーキュリー計画です。写真は、一人乗りのマーキュリー宇宙カプセルで、1962年、アメリカで最初の軌道飛行に成功しました。ここに展示してあるのは、本物と同じ素材を使用し、オリジナルを忠実に再現したものです。
映画『アポロ13』で有名になったアポロ計画とは
宇宙開発の歴史では、やはりアメリカの人類初の有人月着陸ミッション「アポロ計画」を語らずにはいられません。写真は、アポロ司令船で、直径3.1m、高さ3.23m、重さ5.9tの円錐形の3名乗りです。内部の空間は小型の乗用車ほどしかありませんが、無重力状態ではそれなりの活動が可能となります。
地球への帰還方法は、アポロ司令船が、大気圏再突入後に、パラシュートで減速し、海面に着水して回収されるのを待つというものでした。なお、この司令船は、実際に使用されたものと同一の部分や素材を用いています。
1961年から1972年にかけて実施されたアポロ計画で、最初の有人月面着陸に成功したのが、1969年のアポロ11号です。月面の“静かの海”に降り立ったアームストロング船長が「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」と地球に送ったメッセージをご記憶の方も多いと思います。
トム・ハンクス主演の映画『アポロ13』で有名になったアポロ計画では、ラストとなったアポロ17号まで全6回の有人月面着陸に成功しています。写真は、アポロ月面着陸船で、最終の17号をモデルに組み立てられたものです。
アポロ計画の際に、月面で使用された宇宙服のレプリカも展示されています。素材は、本物と同じものを使って再現されています。ヘルメットのバイザー部分には純金が蒸着されていて、太陽から降り注ぐ、有害な光から宇宙飛行士を守っています。なお、宇宙服の総重量は80kgにもなりますが、月面では重力が6分の1になるため、実際には14kgの重さにしかなりません。
火星探査や「ロズウェル事件」の詳細も
アメリカの宇宙開発は火星にも。写真は、バイキング火星着陸船のレプリカで、無人の火星探査機を火星に軟着陸させ、生物の存在を確認しようとしました。1975年に2機が打ち上げられ、1号、2号とも火星にそれぞれ軟着陸し、詳細なデータを地球に送ってきました。
結局、火星に生物が存在するという決定的な証拠は得られませんでしたが、送信されてきた写真の中に、青空が写っているものや、巨大な人面石に見える岩石の山があったりして、火星テラホーミング説や火星人説など様々な憶測を呼びました。その後、NASAはいずれも画像処理のミスとして否定しています。
旧ソ連は、月への有人飛行は行いませんでしたが、代わって実施されたプロジェクトが、1959年から開始した月面無人着陸船を使った「ルナ計画」。写真は、1976年に行われた最後のルナ計画のルナ24号です。ここに展示してあるルナ24号は、実物のバックアップ機で、故障に備えてすぐに投入できるように待機していたものです。
着陸船は無人で月面に着陸し、ドリルで月面に穴をあけて土壌を採集し、頭部にある球形カプセルに密封して、地球に向けて発射。最終的に、このカプセルだけが地上に戻るという仕組みでした。
展示室には、アメリカでのUFO墜落事件の際に回収されたと噂される宇宙人の展示も。1947年の「ロズウェル事件」がそれで、アメリカのニューメキシコ州のロズウェルという町に謎の飛行物体が墜落。すぐに出動した軍によって回収されましたが、事実は隠蔽されました。しかし、30年後にロズウェルの宇宙人解剖フィルムなるものが公開され、マスコミやUFO研究家の注目を集めました。
ロズウェルに墜落したUFOは、軍事基地エリア51に搬入され、宇宙人は解剖までされていたというショッキングな内容で、軍事基地エリア51も警戒厳重な極秘基地として世間の知るところとなったのです。エリア51をテーマにしたSF映画も制作されました。写真の模型は、そのフィルムに写っている宇宙人を元に作られたものです。
月面車での記念撮影や宇宙食の購入もおすすめ
コスモアイル羽咋の1階には、月面車「ルナローバー」の展示も。月面車は、アポロ15号から搭載され、金属メッシュのタイヤで月面を走行しました。再現された月面車は、シートに座って記念撮影も楽しめます。ほかに、入場受付カウンター横にある売店では、宇宙食の販売も。実際に宇宙空間で食べられたというカレーなどがおすすめです。ぜひどんな味がするのか、試してみてはいかがでしょうか。 

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館
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4.0

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岐阜県各務原市下切町5丁目1
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