樋口一葉に宮沢賢治など文学者とも縁深い東京・本郷の菊坂めぐり


2017.11.16

LINEトラベルjp 旅行ガイド

都営大江戸線・本郷三丁目駅からすぐの場所にあり、東京大学にもほど近い文京区の本郷界隈は落ち着いた街並みに加えて地形の起伏に富み、そのことからもたくさんの坂道が存在します。今回はそんな地域の数ある坂道の中でも著名な文学者などが多く界隈に住んだことでも知られる菊坂をメインに界隈の個性的な坂道や文学者とのつながりのある場所などをいくつか紹介してみたいと思います。
菊坂の歴史にふれてみる
「菊坂」は、都営大江戸線・本郷三丁目駅からすぐの場所に坂上があり、そこから北東側に下っている傾斜の緩い坂道です。坂名は、この周辺に菊を栽培する農家が多かったことに由来しています。名前のつけられた時期については、江戸時代にはすでに菊坂町という地名があったことから、おそらくこの頃から菊坂と呼ばれていた可能性はありますが、実際のところは定かではありません。
ただ、江戸時代の古地図を確認してみると、今とだいたい同じ位置に道があるので、当時から名前があったのかどうかはともかく、古くからこの地に存在している坂道であることは確かです。
菊坂の坂下あたりには、樋口一葉ゆかりの旧伊勢谷質店のあった古い町家が坂道に面して建っています。明治時代には、近所に住んでいた樋口一葉が生活費を工面するために通ったことでも有名で、現在は登録有形文化財にも指定され、内部も一般公開されています。建物ができて100年弱が過ぎていますが、関東大震災や東京大空襲でも被災を免れており、当時の雰囲気が今も残っている貴重な町屋です。菊坂に訪れたならぜひ立ち寄ってほしい場所です。
樋口一葉が上り降りした階段めぐり
また旧伊勢谷質店からすこしばかり坂上に歩いたところに、趣のある古い民家と一体となった階段もあります。坂上の菊坂から坂下の道の脇に下水が流れていたという菊坂下道に下る階段です。この階段には名前はつけられていませんが、階段下からすぐの場所に樋口一葉が母娘と暮らした旧居があり(今も旧居跡はあります)、当時、一葉が旧伊勢谷質店に通う際に必ず通った階段ということで、マニアの間では「一葉坂」と名付けて親しんでいます。
宮沢賢治が上り降りしたかもしれない階段
さらに菊坂を坂上方向に歩いて行くと、長泉寺というお寺があり、ちょうど道路向かいにも階段があります。この階段も菊坂から坂下の菊坂下道に下る階段なのですが、こちらは階段下に宮沢賢治が半年強ほど暮らしたという旧居跡があります。樋口一葉と比べるとこの地に住んでいた時間が短いこともあり、あまり知られていませんが、現地には階段の途中に案内板も設置されており、ちょっとした名所として紹介されています。
なお、この階段にも特に名前はつけられていませんし、当時の面影を残すものはなにもありませんが、上記のような理由から「宮沢賢治坂」なんていう坂の名前をつけてまわりの風景とともに観察してみるのも、ひとつの楽しみ方だと思います。
金魚坂の歴史は江戸時代から
菊坂の坂上あたりには、「金魚坂」という、細い路地状の坂道も隣接しています。この坂名は、坂道沿いに金魚などを扱う卸問屋があるため、いつかしかそう呼ばれるようになったと言われています。なおこの卸問屋は、350年前から同じ場所で営業しており、坂の途中には金魚坂の看板もでています。現在は、卸問屋だけでなく、食事ができるカフェや、金魚すくいができる釣り堀なども併設されており、ちょっとしたレクリエーション施設ともなっています。
菊富士ホテルを利用した文学者たち
菊坂の途中にある長泉寺のすぐ近くには、菊富士ホテル跡の碑もあります。菊富士ホテルは大正3年から昭和20年の東京大空襲で消失するまで存在していたホテルです。当時は、文学者の宿としても有名で、宇野千代、坂口安吾、谷崎潤一郎、竹久夢二、直木三十五、尾崎士郎などそうそうたる人たちが利用し、ここを舞台に数々のエピソードが残っています。 

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本郷三丁目
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東京都文京区本郷3丁目
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