御神体は首桶!?史上名高い怨霊が祀られる九段下・築土神社


2017.07.11

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東京都千代田区九段下にある神社といったら多くの人は靖国神社を思い浮かべるでしょう。しかし、靖国神社のすぐ近くにある築土(つぐど)神社も忘れてはいけません。ここは怨霊として恐れられた平将門や菅原道真を古くから祀り、様々な伝説と謎を残すパワースポットなのです。
鳥居を見上げると上には・・・思わず驚く現代的な建築!
九段下駅の1番出口を出て徒歩一分。和洋九段女子中学・高校の正面に築土神社は鎮座しています。近辺には靖国神社や日本武道館、皇居などがあり、日本の近代史の中心となった歴史の重みを感じさせてくれるエリア。さて、築土神社の入り口を見つけたら、お辞儀して鳥居をくぐる前にまず、上を見上げてみてください。
鳥居の上から高々とビルが伸びているのです!少し異質ともいえるこの姿から、都市化が進みながらも古くからの伝説を大切に守ろうとする、地元の人々の意志が窺えます。まさに都市の神社ならではの姿でしょう。
このビルは、平成六年(1994)の社殿老朽化に伴う大改修の時に建てられたもので「アイレックスビル」と名付けられています。「アイレックス」とは「モチの木」という意味で、かつて築土神社が九段坂からモチの木坂に至る田安の地に鎮座していたことに因んでいます。
平成七年(1995)には千代田区都市景観賞も受賞しており、優れた建造物という面からも鑑賞をおすすめします。
御神体は平将門の首桶だった!?噂飛び交う謎の社宝
築土神社の創建は天慶三年(940)。平貞盛、藤原秀郷らによって下総国猿島で討ち取られ、京都でさらし首になっていた平将門の首を首桶に入れて盗み出し、「津久戸明神」として祀ったのがはじまりと伝わっています。この時の首桶は御神体として保存され、江戸時代の記録では中に入ってる「首」も腐らずに安置されていたとか、首桶は見ると目が潰れるので宮司でさえ簡単に見る事が出来なかったなど、様々な伝説が残されています。
残念なことに、昭和二十年(1945)の戦災で焼失してしまいましたが、「将門の首桶」の写真は残っており、祀られていたことは事実だといわれています。境内の相殿には、同じく日本史の中で怨霊として名高い菅原道真公も祀られていて、学業成就や合格祈願などで、近くの学校の生徒さんもよく訪れます。
由来は徳川秀忠のダジャレ!?子宝祈願の世継稲荷神社
本殿の右手には世継稲荷神社と書かれた看板があります。徳川将軍家とも繋がりのあった築土神社。この世継稲荷神社の縁起にも徳川家が深く関わっています。
天正十八年(1590)、徳川家康が江戸城に入城する時、家康の息子で後に二代将軍となる徳川秀忠が築土神社を訪れました。その際に橙(ダイダイ)の木があるのを見て「代々、子孫が栄える神社」と讃えて、「世継稲荷神社」と呼ばれるようになったという伝説が残っています。この橙の木は今でも残り、現在でも子宝祈願などで厚い崇敬を受けています。
世継稲荷の社殿に続く小道に置かれた手水鉢の中には金魚が飼われていて、夏は見た目も涼しげです。
境内にはあの有名人の石碑も!
境内に置かれた石碑も見逃し注意です。左下をよーく見てみてください。そこには「総理大臣 鳩山一郎」の文字。これは、戦時中に築土神社の宮司だった山本岸太郎氏の慰霊碑です。山本氏は昭和二十年(1945)3月10日、東京大空襲の時に妻の制止を振り切り、燃え盛る世継稲荷の社殿に飛び込み、自らの命と引き換えに御神体を救い出しました。戦後、鳩山一郎が山本氏の行動を賞して奉納したのがこの慰霊碑です。
約230年の歴史をもつ千代田区最古の狛犬!
神社やお寺にはお馴染みの狛犬ですが、ここ築土神社の狛犬は千代田区内で最も古いもので、千代田区の指定有形民俗文化財に登録されています。奉納されたのはなんと安永九年(1780)でおよそ230年も前に遡るのです。重厚な狛犬からは、当時の人々の信仰心や歴史の重みを知ることができます。 

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築土神社
place
東京都千代田区九段北1-14-21
phone
0332613365
no image
九段下
place
東京都千代田区九段南1丁目
no image

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