大塚国際美術館 徹底ガイド!ー荘厳なる空間を体感せよー


2017.08.27

LINEトラベルjp 旅行ガイド

日本一入館料が高いといわれているのに、多くの人が訪れる大塚国際美術館。その大きな魅力は、世界25か国190以上の美術館に所蔵された世界中の名画が一堂に会していることでしょう。しかも原寸大なので迫力が違います!
館内には1000点以上もの作品が展示されているのですが、その中で絵画がある室内を丸ごと再現した「環境展示」はここならでは!必見の素晴らしい空間の魅力と、広い館内の見学方法をご案内します。
鮮やかなポンペイレッドは秘密の空間
鳴門大橋から徳島県に入ればすぐに見えてくる巨大な美術館。それがポカリスエット等でおなじみの大塚グループが開館した大塚国際美術館です。ここの大きな特徴は陶板に特殊な技術で世界中の名画を焼き付け、しかもそれが原寸大で見られるということ。それも、ただのコピーではありません。収蔵元や画家の子孫などの権利者から、いわば「お墨付き」を得ている作品なのです。
用いられた釉薬は約20000色。さらに筆遣いや傷も忠実に再現されているのです。各収蔵先の許可をとるだけでも大変だったと思いますが、こちらでは名画とともに写真撮影ができるのも見逃せない魅力です。
西暦79年8月に起きたベスビオ火山の噴火で一日で埋もれてしまったポンペイの街。まずご紹介するのは、世界遺産であるポンペイの別荘に造られていたディオニソスに捧げた「秘儀の間」です。
なぜ「秘儀」なんて名が付いているのか気になりますよね。ディオニソスとは、バッカスともよばれるギリシャ神話に出てくる酒の神のこと。この神様、古代ローマでは人々の信仰を集めていたのですが、ローマ帝国時代になると酒を飲んで気ままに過ごす姿からか社会的秩序を乱すとして禁止されてしまったのです。それでもローマから離れたポンペイではこっそりと信仰が続けられました。ここに描かれているのは、ディオニソスへの貴婦人の入信儀式の様子ではないかといわれています。
じつは、火山が噴火する前は黄色い壁だったのが、火山の噴火ガスの影響を受けて赤色に変色したと考えられています。ディオニソスに捧げたから赤ワイン色に…と想像は尽きませんね。
一族の来世を願った 高価な青い世界
次にご紹介するのは1305年にジョット・ディ・ボンドーネがフレスコ画で描いた、イタリアのパドヴァにあるスクロヴェーニ礼拝堂です。天井を埋め尽くす紺碧の色が印象的な礼拝堂は、この美術館の「館内のご案内」の表紙の写真にもなっています。
こちらの絵画、奥行きを持たせる遠近法や動きや表情を出す等、これまでのビザンティン美術とは一線を画すもの。ですから、美しさだけでなくイタリアルネッサンスの先駆けとして西洋美術史上重要な作品になっています。
ここは高利貸しで財を築いた一族のエンリコ・スクロヴェーニが家族のために作った、いわば私的な礼拝堂。この時代、高利貸しはキリスト教で重大な罪とされていて、エンリコの父のレジナルドは、ダンテの「神曲」に悪名高い高利貸しとして登場するほどでした。
聖母マリアに捧げられた礼拝堂なので、父キアヨムと母アンナの姿や婿選びの様子などマリアの生涯が誕生前から描かれています。また、キリスト誕生の「東方三博士の礼拝」の図に描かれたベツレヘムの星は、1301年にジョットが実際に見たハレー彗星をモデルにしたといわれています。
そして、天国と地獄図の下方にはこの礼拝堂を聖母マリアに捧げるエンリコの姿も描かれています。この美しい青色を描くために使ったのが高価だったラピスラズリという石。それをここまでふんだんに使い、さらに金色でも装飾を施したという大変豪華な礼拝堂。それはキリスト教と高利貸しという仕事との間で、エンリコが願った救いの大きさを表しているのでしょう。
愛妻家だった傭兵隊長
次にご紹介するのは、ローマ教皇の傭兵隊長だったフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(1422~1482)のストディオーロ(小書斎)です。深い教養があった彼は、ウルビーノ大公国の君主となって、この町をローマやフィレンツェと並ぶ文化の中心へと押し上げました。今も残る彼の居城パラッツォ・ドゥカーレはルネサンス期の重要な建築物の一つです
ルネサンス期は書斎が知識人の間で流行しており、書斎の上方は古今の著名人の肖像画で埋め尽くされています。
注目していただきたいのは、床からの寄せ木細工の装飾です。壁際に置かれた鍵盤楽器も開いたままの戸棚の戸も、すべて寄せ木細工の模様。
槍試合で片目しか使えなくなり、残されているフェデリーコの肖像画はほとんどが横向きです。この美術館にも肖像画があるのですが、それも夫人の横顔とともに見つめあった構図です。1437年に結婚したものの夫人が死去。1460年に再婚したのが年の離れたパッティスタでした。ハンサムとは言えないフェデリーコですが、輿入れ当時14歳だったパッティスタとも仲睦まじく6人の子が成人しました。
このウルビーノはラファエッロの生家がある町としても知られています。母だけでなく11歳で父も亡くしたラファエッロ。父と交流があった画家の工房へ入るためにこの町を離れます。しかし、晩年まで「ラファエル ウルビナス(ウルビーノのラファエッロ)」と著名するほど深く愛した故郷でした。
復讐は壮大な絵画の中で
ローマ教皇のいるヴァティカン宮殿にあるシスティーナ礼拝堂はどなたも見逃せないでしょう。シクストゥス4世が建て替えたことにちなんでシスティーナ礼拝堂と名付けられたというこの礼拝堂は、ボッティチェッリやペルジーノ等盛期ルネサンスを代表する豪華な顔ぶれが内装を行っています。その中で特に有名なのがミケランジェロが描いた絵画ですよね。
ユリウス2世から天井画を描くように頼まれたのに、ミケランジェロはそのユリウス2世の墓の彫像も手掛けていて礼拝堂のほうは断ったという経緯があります。しかしローマ教皇の権力は絶大。彫刻を一時中断して取りかかざるを得なかったようです。そして描いたのが天井画の「創世記」でした。
そして1535年からクレメンス7世の依頼で主祭壇の背後に描いたのが「最後の審判」です。しかし、教会に裸体なんて不謹慎だ!と横やりが入ってしまいます。そこでミケランジェロが地獄の場面の中に描き加えたのが、文句を付けた儀僧長のあわれな姿。探してみてくださいね。
20世紀末に20年近くかけて修復され鮮やかな色を取り戻しましたが、天井が高いので画の大きさがわかりにくいと思います。これが床に置かれた実物大で、そして見上げた様子が下の写真です。
次期ローマ法王を選出する会議コンクラーヴェが開かれるこの礼拝堂。その大きさが実感できますよね。
心強い音声ガイド
正面玄関から入ると、長いエスカレーターでまず着くのがB3階です。ここが全部周れば約4キロメートルにもなるという鑑賞ルートの出発点です。システィーナ礼拝堂の入り口前なのですが、まずはすぐ横のミュージアムショップ・音声ガイド貸し出しコーナーへ進みましょう。
音声ガイドは有料なので、滞在が短い場合は強くお勧めしません。しかし時間をかけてご覧になる場合は音声ガイドは強い味方。なぜなら、作品の雰囲気を壊さないように暗くて説明が見えにくい場合があるのです。また、見たい作品は一つでも多く少しでも長く味わいたいもの。音声を聞きながら作品が鑑賞できて時間の無駄がないというのもお勧めする理由です。
ここで、音声ガイドには2種類あることにご注意ください。多くの美術展等で使われている音声のみのガイドに加え、この美術館には音声にプラスしてDVD機能がついているスマートフォン仕様の音声ガイドもあるのです。写真はそのDVD機能が付いたタイプ。こちらは音声に加えてさらに詳しい作品の解説がつきます。料金は同じなので、気になる作品について深く知りたい方や時間に余裕がある方にはDVD付きをお勧めします。 

大塚国際美術館
place
徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字福池65-1
phone
0886873737
opening-hour
9:30-17:00(最終入館16:00)

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