極彩色の“鳴き龍”の声を聞く!島根県大田市「城上神社」


2017.02.16

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“鳴き龍”を御存知でしょうか?龍の描かれた天井の下に立ち、手を叩くと“リン、リン”と澄んだ音が聞こえ、龍の鳴き声になぞらえて“鳴き龍”と呼ばれるもの。
日光東照宮・薬師堂などが有名ですが、実は世界遺産“石見銀山”で名高い島根県大田市大森町の「城上神社」にもあります。ゆかりの人物や“石見銀山”との歴史と共に島根県大田市「城上神社」を御紹介致します。
「城上神社」の概要とアクセス
“石見銀山遺跡とその文化的景観”として世界遺産に登録され、歴史的な町並みが残り、どこか懐かしさの漂う、 島根県大田市(おおだし)大森町。
その大森町の氏神として、大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られているのが「城上神社(きがみじんじゃ)」。JR大田市駅からバスで約26分、仁万(にま)駅から約15分、“大森代官所跡”バス停で下車して、徒歩約1分の場所とアクセスも簡単です。
「城上神社」と“大森町”の名称との関係
様々な木々が生い茂り、緑の豊かな「城上神社」。その昔はさらに多くの木々があり森のような場所であった事から、“大森”という町の名称が付いたとも言われています。
こちらが「城上神社」の拝殿です。重層式で、四方向に傾斜のある寄棟造(よせむねつくり)と切妻造(きりづまづくり)が組み合わさった入母屋造(いりもやづくり)と呼ばれる屋根の構造で瓦葺き。東京“亀戸天満宮(かめいどてんまんぐう)”を手本としたと伝わっています。
「城上神社」の歴史と拝殿
901年~923年、延喜(えんぎ)年間には、「城上神社」は、現在の仁摩町(にまちょう)馬路(まじ)の城上山にあり、1434年(永享6年)に当時この地域を治めていた大内氏により大森町の愛宕山(あたごさん)へと移されました。1577年(天正5年)に、次にこの地を治めていた毛利氏によって、現在の位置へと変わり、造営されます。
こちらが「城上神社」の拝殿内です。四角く囲まれた板の間と天井。そして、一際目を引く、極彩色の天井絵“鳴き龍”。まずは、その姿をじっくりと拝んでみて下さい。
また「城上神社」には、江戸時代に“石見銀山”の初代代官に就いた大久保長安(おおくぼ ながやす、1545年~1613年)ゆかりの能面も収蔵。当時の“石見銀山”の様々な人物との関わりも垣間見えます。
天井に描かれた極彩色の“鳴き龍”
「城上神社」は、1800年(寛政12年)の大火により焼失してしまいますが、1812年(文化9年)に現在の拝殿が再建されます。
そして、1818年(文化15年)に三瓶山(さんべさん)の近くに住む絵師・梶谷円隣斎守休(かじたにえんりんさい もりやす、生没年不詳)によって、拝殿の天井に鮮やかな色彩の龍が描かれたのです。
“鳴き龍”を体感!
こちらの板の間に一人ずつ入り、神前に向かってやや後方の丸印の位置で正座をします。それから、柏手を四つ打ってみましょう。すると、どうでしょう。綺麗な音色が聞こえてきます。聞こえにくい場合には、少し強めに区切って柏手を打ってみて下さい。
この“鳴き龍”は、天井の構造と関係しています。基本的に天井は水平にすると錯覚により、下に垂れて見えてしまいます。そのため、上に湾曲させて、見た目を水平と感じさせる建築方法が取られます。
つまり、その下で音を鳴らすと、丸みを帯びた天井が拡散する音を集約、音の鳴った地点へ向けて跳ね返す、これが繰り返されているのです。“鳴き龍”は音が天井と板の間を往復反射する事で起こっているのです。 

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城上神社
place
島根県大田市大森町イ-1477
phone
0854889950
opening-hour
24時間

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