会津若松で新選組ゆかりの地巡り!怒濤の幕末を過ごした新選組の生き様を感じよう


2016.10.09

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怒濤の幕末を生きた新選組。謎が多いことでも有名ですが、今もなおファンが増え続けています。そんな新選組の歴史は、局長・近藤勇が亡くなった後も続きます。その舞台が会津若松です。戊辰戦争に参加した新選組は、敗北を繰り返し会津若松にやってきました。斉藤一が隊長となり、会津でも激しい戦いをしたのです。
そのため、会津若松にも多くの新選組ゆかりの地があります。どれも歴史を間近に感じられる場所ばかりですよ。
斉藤一が妻と眠る阿弥陀寺
会津若松の七日町駅のほど近い場所にある阿弥陀寺には、新選組隊士である斉藤一のお墓があります。新選組に所属している時から謎が多かった斉藤一。そして新選組がなくなった後は警視庁に所属することになり、最後は72歳まで生き抜きました。そして最近では、写真が発見されたことがニュースに取り上げられたことで、注目が集まった人物でもあります。
斉藤一は、のちに藤田五郎と改名したため、阿弥陀寺にある斉藤一のお墓は「藤田家の墓」となっています。怒涛の幕末という時代を生き抜いてきたにも関わらず、ここに妻と一緒に眠っているのです。
またこの阿弥陀寺には、鶴ヶ城にかつてあった御三階があります。これは外から見たら三階建てに見えるのに、内部は四層になっている建物で、密議に使われていたそう。そんな貴重な御三階も必見です!
近藤勇の墓、そして土方歳三慰霊碑に手を合わせよう
土方歳三が唯一参ることができた、近藤勇の墓が天寧寺にあります。日本各所に近藤勇の墓が存在していますが、実際に土方歳三が訪れることができたのはここだけ。会津戦争の際に建てられましたが、その後土方歳三は、蝦夷地へと進み、函館で戦死してしまいます。
近藤勇のお墓の隣には、土方歳三の慰霊碑も建てられています。さらに、近藤勇が斬首される時に詠んだとされる詩が刻まれている石碑もあるので、要チェックです!
新選組殉難の地で、最後の想いを感じよう
新選組殉難の地が、会津若松にある如来堂です。会津に来る前にも様々な別れをしてきた新選組ですが、この会津若松でも更なる別れがありました。土方歳三と蝦夷に向かうもの。斉藤一と会津に留まったもの。
そして会津に留まった新選組隊士は、如来堂に立てこもり激しい戦いを繰り広げたのです。その後この場所で全員が戦死したと伝えられました。実際は、斉藤一や島田魁など数名が生き残っていたのです。
また、如来堂には大きなイチョウの木が植えられています。銀杏の匂いが広がるこの地で、新選組の最後の思いを感じてみてはいかがですか。
新選組殉難の地で、最後の想いを感じよう
飯盛山にある白虎隊記念館。もちろんその名の通り戊辰戦争を戦った16、17歳の少年で構成された部隊、白虎隊の資料館です。飯盛山まで逃れてきた白虎隊ですが、その山から鶴ヶ城が燃えていると思いその場で自決しました。実際は鶴ヶ城は燃えていなかったのですが、そう見えてしまったのですね。その白虎隊のひとり飯沼貞吉だけが生き残りました。この方が、白虎隊の最後を語ってくれたおかげで、現在でも白虎隊の存在が知れ渡っているのです。
そんな白虎隊の資料館でありますが、中には新選組の資料の展示もあります。ぜひ新選組ゆかりの地巡りと併せて訪れてみることをオススメします!
歴史に触れる会津若松!
新選組ゆかりの地はいかがでしたでしょうか。この他にも、会津新選組記念館などの見どころもある会津若松。さらに、東山温泉には、新選組の土方歳三が入ったと伝わる温泉もあるのです。
もちろん、新選組以外にも会津若松は多くの観光スポットが点在している地。他にもたくさんの見どころはありますが、ぜひ歴史に触れる会津若松観光をしてみてくださいね。 

阿弥陀寺
place
福島県会津若松市七日町4-20
phone
0242277445
no image

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