チンチン電車(阪堺電車)で行く茶の湯と和スイーツの旅


2015.09.15

LINEトラベルjp 旅行ガイド

大阪には天王寺から堺をつなぐ阪堺電車という開通100周年を超す歴史ある路面電車(通称チンチン電車)が走っています。堺はかつて16世紀、南蛮貿易の拠点として栄え、この沿線にはその時代から続く異国の文化が取り入れられた、何とも魅力的な和菓子のお店がたくさんあります。
また堺にゆかりのある人々も多く、そんな堺の町を、街中をのんびり走る路面電車に揺られて巡る小さな旅に出てみませんか。
チンチン電車、天王寺駅前からいざ出発進行!
始発駅の天王寺駅前駅から阪堺電車に乗ると、どこまで乗っても一回210円ですが、「てくてくきっぷ」なら全線1日乗り放題で600円です。路面を走る電車は最新型車両から、黄色と赤、赤と黒といった2色のラッピング車両等、いろんな種類の車体があり見ているだけでも楽しいものです。時には道路を車や道行く人々とともに、時には大和川の鉄橋をのんびりと、ほのぼのとした雰囲気で走っていきます。
大和川を渡ると堺市に。「綾野町」駅から「御稜前」駅の区間は、旧紀州街道にあたる「大道筋」の愛称が与えられている幅員約50m、片側3車線の幹線道路で、その中央をローカル色豊かに路面電車が走り抜けていきます。この区間は、千利休のお膝元とあって茶の湯に欠かせない見どころや和菓子の老舗が点在。チンチン電車を乗り降りして巡りましょう。
「御陵前」から千利休も修行した茶禅一味の南宗寺へ
チンチン電車を「御陵前」で降り、まずは「南宗寺」に向かいます。今も昔ながらの禅宗寺院の面影が色濃く残り、周囲を土塀で囲まれた静かな境内に佇めば、結界を超え仏の世界へ踏み入ったような感覚に。臨済宗大徳寺派の寺院で弘治3年(1557)、堺の戦国大名・三好長慶が父・元長の菩提寺として建立し、大阪夏の陣で焼失後、元和5年(1619)沢庵和尚によって再建されたお寺です。
国の名勝枯山水の石庭、1652年建立の天井に狩野信政筆の八方睨の龍が見られる禅宗建築の仏殿、1647年に第十三世住職により造営された甘露門(山門)・唐門などのみどころが多くあります。
また偉大な茶人が修行し、茶と禅を結びつけた拠点でもあり、茶の湯の発展は南宗寺ぬきには語れないらしいのです。中でも千利休の師である武野紹鷗は大林宗套に参禅して「茶禅一味」の言葉をもらい、わび茶を深め、千利休も第二世笑嶺和尚に参禅して禅に開眼、禅の心を茶の湯に昇華させたといわれています。境内には、利休の師である武野紹鷗や千家一門の供養塔、奥には利休好みの茶室・実相庵を有する利休ゆかりのお寺としても有名です。
「寺地町」で豊臣秀吉も愛したくるみ餅を食す
目指すお店は、南宗寺からは徒歩5分、寺地町駅近くにある鎌倉時代末期の元徳元年(1329)に和泉屋徳兵衛が和泉屋という商号で餅屋として創業した「かん袋」です。かん袋という名は、徳左衛門時代に豊臣秀吉が、伏見桃山城の天守閣の瓦葺きで、徳左衛門が瓦を天守まで放り上げる様に「かん袋が散る様に似たり」と、その腕の強さをたたえ、「以後かん袋と名付けよ」と命じ、それより「かん袋」が和泉屋の商号となったといいます。
現在のくるみ餅の原型ができたのが、5代目・和泉屋忠兵衛の室町時代で、当時の餡は塩を用いていて、その3代後にルソンから砂糖が輸入されたことにより、甘い餡になったとのこと。材料、製法とも門外不出とのことですが、きれいな緑色は砂糖を使うことによって出るらしいのです。くるみ餅といっても胡桃が入っているのではなく、白い餅をうぐいす色の餡で「くるんで」いるところから、この名前が付けられました。もっちりとしたまんまるの餅に、コクのあるまったりと甘い餡がからむと、なんともいえず、そして最後にほのかな苦みがふっと走り味を引き締めます。基本はやわらかな餅の食感を楽しむために、やはりイートインがお勧めです。
「寺地町」で豊臣秀吉も愛したくるみ餅を食す
平成27年3月20日にオープンした堺の新名所「さかい利晶の社」の向かい、フェニックス通りを渡った大道筋を一本西の路地にはいったところにあるのが千利休も愛した伝統の芥子餅とニッキのお店「本家小嶋」です。延宝年間の1532年創業、路地裏にひっそりと佇み、風にひるがえるのれんに老舗の風情を感じてもらえます。お店の中はレトロなショーケースの中に見本が並び、お店の人の丁寧な応対同様、店内に家人の人柄が感じられます。煎った芥子の実がまぶされ、プチプチとした食感と香ばしさがやみつきになる「芥子餅」と、柔らかい求肥に練り込まれたニッキの清涼感のある香りがスッと香る「ニッキ」が、お店の代名詞にもなっている餅は、芥子とニッキが薬として輸入されていたのを、お菓子にできないかと考えだされたとのことです。代々受けつがれる吉右衛門の名と味が約480年続いているのです。
茶聖の屋敷跡を見学しましょう
また「さかい利晶の社」の付近には、千利休の師である武野紹鷗屋敷跡、その斜め向かいには「天下三宗匠」の一人今井宗久屋敷跡、そして「千利休屋敷跡」があります。茶道は室町時代に利休が「茶の湯の開山」と呼ぶ、村田珠光によって基礎が作られ、また室町後期にもう一人の名人が出現します。その人が武野紹鷗で、堺で最も裕福な家で生まれ、珠光の茶の湯をさらに進化させたのでした。その女婿が今井宗久。そして紹鷗のもとに同じ堺の魚屋田中与兵衛の長男与四郎、後の千利休が入門したのです。
二つの屋敷跡は石碑しかありませんが、千利休屋敷跡は敷地が残されていて、今も椿の炭を底に沈めたといわれる椿の井戸と利休ゆかりの大徳寺山門の古い部材で建てられた井戸屋形がある。大徳寺は利休切腹の原因と言われる利休が寄付した大徳寺山門「金毛閣」の上に利休の木造を作って置いたお寺です。
まだまだあります和スイーツのお店
「妙国寺前」駅のある材木町の交差点には和菓子のお店「曽呂利」があります。とんちといえば一休さんが有名ですが、堺にも一休さんに負けずおとらずの名人「曽呂利新左衛門」という、豊臣秀吉に御伽衆として仕えたといわれる人物がいます。茶道を武野紹鷗に学び、香道や和歌にも通じていたという、落語家の始祖とも言われる人です。元々、堺で刀の鞘を作っていて、その鞘には刀がそろりと合うのでこの名がついたと言われています。
曽呂利は、創業した先代が曽呂利新左衛門の屋敷跡に住んでいたことからのご縁とのこと。古代の神器「八タ鏡」をモチーフにした名物大鏡は、たっぷりの白餡をふわふわの焼き皮で包んだ一品です。また雑誌大人組2014年11・12号では「そロール」というロールケーキが取り上げられています。まだまだ阪堺電車沿線には新しい発見があります。 

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南宗寺
place
大阪府堺市堺区南旅篭町東3丁1
phone
0722321654
opening-hour
通年 9:00-16:00
no image
下呂温泉 まごころと味の宿 吉泉館 竹翠亭
place
岐阜県下呂市幸田湯本1098
phone
0576253327
天王寺駅前
place
大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目
no image
かん袋
rating

4.5

173件の口コミ
place
大阪府堺市堺区新在家町東1-2-1
phone
0722331218
opening-hour
10:00-17:00(売り切れ次第終了…
千利休屋敷跡
place
大阪府堺市堺区宿院町西1-17-1
opening-hour
10:00-17:00

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