巨大な存在感!沖縄・下地島「帯岩」は大津波を今に伝えるモニュメント


2015.05.30

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2015年開通した「伊良部大橋」で宮古島から車で渡れるようになった沖縄県下地島。そこには「帯岩」と呼ばれる巨大な岩があります。実はこの石は1771年に八重山地方を襲った明和の大津波によって陸に打ちあがった「津波石」だったのです。現在は信仰の対象ともなっている巨岩「帯石」は過去の大災害を今に伝えています。
巨大な岩「帯岩」は津波により運ばれた「津波石」
沖縄本島から南西へ約300kmにある宮古島。その宮古島から行ける離島の下地島(しもちじま)は、2015年1月に開通した「伊良部大橋」により車で渡れる離島になりました。
離島ならではの自然が豊かに残された下地島の西海岸には「帯岩」と呼ばれるとてつもない大きさの岩があります。その高さは約12m、周囲約60m、重さは推定数十トン、さらにそれを遥かに超えるとも言われています。
実はこの「帯岩」は津波によって運ばれた岩、「津波石」だったのです。「帯岩」は日本でも最大級の大きさを誇る「津波石」として知られています。
過去を伝える「帯岩」
1771年(明和8年)、先島諸島付近を震源とする八重山地震が起こりました。地震の揺れによる被害はなかったとされている地震ですが、八重山諸島を中心に「明和の大津波」と呼ばれる巨大な津波が襲い、1万人近い犠牲者を出す甚大な被害をもたらしたとされています。
その大津波は宮古諸島にも到達し、場所によっては10m以上に及ぶ波高で襲い掛かったとされています。「帯岩」はその「明和の大津波」が海底から運んできた巨岩だったのです。側に立ってみると「帯岩」の大きさには改めて驚くことでしょう。
そんな「帯岩」は民間信仰のご神体として崇められるようになり、大漁祈願や家内安全の祈願が行われるようになったのだそう。
「帯岩」から紐解く、津波被害の歴史
「帯岩」の後方には高さ約15m程の崖があります。つまり、最低でも津波はこの高さを乗り越えて「帯岩」をここまで運んだということになります。そしてこの付近にあった集落は完全に消滅してしまったともいわれています。
また、近年の調査では「明和の大津波」以前にも何度も先島諸島を津波が襲った形跡が残されているのだそう。現在、東海・東南海地震など警戒態勢が高まっている巨大地震だけでなく、八重山地方も繰り返し大きな津波に襲われているということは紛れもない事実。
その証拠に宮古島には「ナーパイ」と呼ばれる、数百年の伝統がある『津波よけ』を願う伝統祭祀があります。これは年に1回行われる一種の避難訓練のようなもの。伝統の中に先人たちからのメッセージが込められているのでしょう。そしてこの「ナーパイ」は「明和の大津波」以前から存在していたとされているのです。
「帯岩」から紐解く、津波被害の歴史
「帯岩」は宮古のことば・ミャークフツで「オコスクビジー(大きな帯をした岩)」、あるいは「ヌーマミージー(馬の番をする岩)」とも呼ばれていたそうです。その語原となったのは岩の中央がくびれていて、人が帯を締めている姿に見えたところから。
実はこの「帯岩」のような巨岩は他にも複数あったとされ、「ウシミージー(牛の番をする岩)」など名前も残っているのです。しかし、下地島空港建設の際に全て破壊されてしまい、岩塊は建設に利用されたそう。しかし、この「帯岩」だけは当時の町の要請により、あえて残されたのでした。その理由の一つには「語り継ぐもの」を残すためであったのではないでしょうか。
語り継ぐものを目にしよう
青い海とサンゴ礁のリゾートアイランド沖縄。そこにはおおよそ似つかわしくない、地震と津波。我々の中にも沖縄には大地震はない、津波は来ないだろうなどという間違った固定観念がないともいえません。
「帯岩」は忘れた頃にやってくる天災を今に伝えるべく、今も下地島に鎮座しています。その大きさと、その巨岩すらも動かす津波の威力をぜひ目の当りにしてください。また、帯岩から車で約10分で行ける伊良部島の「佐和田の浜」も多数の津波石が点在する不思議な光景が広がる浜です。ぜひあわせて訪れてみてください。 

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帯岩
place
沖縄県宮古島市伊良部
phone
0980786250
伊良部大橋
place
沖縄県宮古島市平良久貝

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