戦争を語り継ぐ遺跡「戦闘指揮所」を鹿児島県・喜界島に訪ねる


2015.03.18

LINEトラベルjp 旅行ガイド

喜界島(きかいじま)は鹿児島県・奄美群島の北東部に位置する、奄美大島にほど近い周囲48キロメートルの小さな島です。旧海軍の飛行場があった喜界島には、国内に現存する唯一の「戦闘指揮所」の建物が戦争遺跡として残っています。戦争を語り継ぐ具体的な建造物を訪ねてみましょう。
喜界島の玄関口「喜界空港」
奄美大島「奄美空港」から飛行機で約20分。「鹿児島空港」から飛行機で約75分で到着する。喜界島(きかいじま)の玄関口「喜界空港」。
喜界島の西海岸と県道628号線沿いに位置し、前身は旧海軍の飛行場です。
昭和20年に太平洋戦争の沖縄戦が開始されると、奄美大島は日本本土防衛の最前線地点となり、その中で海軍飛行場のあった喜界島は、特攻機の中継基地として利用されていました。現在は鹿児島県が管理する地方空港です。
喜界空港出口から県道628号線を渡る
県道628号線、喜界空港出口前にある「戦闘指揮所跡」の標識。県道には、信号や横断歩道はありません。渡るときは通行の車にご注意ください。あまり標識は大きくありません。県道沿い「戦闘指揮所跡」の標識を見過ごさないようにご注意ください。
一般民家の中にそびえ立つ「戦闘指揮所跡」
「戦闘指揮所跡」の標識矢印方向へ入って行くと一般民家が立ち並んでいます。島特有の曲がった道が多い「喜界島」。この一角も島道です。道なりに進み、一つ目の曲がり角を左方向へ。一般民家の中に大きなコンクリートの塊がそびえ立っています。それが「戦闘指揮所跡」です。一般民家の中にありますが、道路からは「戦闘指揮所跡」へ砂利道で行けるようになっています。
一般民家の中にそびえ立つ「戦闘指揮所跡」
昭和20年に太平洋戦争の沖縄戦が開始されると、喜界島の飛行場は戦争遂行上で最重要な最前線基地となりました。
当時、連日米軍艦載機の爆撃を受けた戦争の傷跡が現在も「戦闘指揮所跡」に残っています。
この「戦闘指揮所跡」では軍事的な判断や特攻隊員への作戦指示が行われていた場所と伝えられています。
建設の時期は高度機密で不明とされていますが、国内で現存する戦闘指揮所の建物は、喜界島のここだけです。
地下壕に入る事もできます。
当時沖縄への特攻機は本土の飛行場から喜界島に整備・給油の為に飛来。特攻兵達はこの指揮所内で最後の杯を仲間達と交わし、翌日に喜界島を敵艦隊に向けて飛び立ったと伝えられています。
「戦闘指揮所跡」の入口は4ヶ所。階段が残っているのは2ヶ所のみ。階段を降りて中の地下壕へ入る事ができます。頑丈なコンクリートの要塞の地下壕は、重い雰囲気と少しひんやりした感じです。「戦闘指揮所跡」へ行かれたら、外観だけではなく、階段を降りて地下壕も見学してみてください。
民家の中にそびえ立ち、国内唯一現存している戦争遺跡「戦闘指揮所跡」。今を忘れ昭和20年に立っている、そんな気分になります
最後に
「戦闘指揮所」は、喜界空港から徒歩約5分です。民家の中にあり、周辺道路の道幅を考慮し、車ではなく徒歩での見学をお勧めします。空港到着後や出発前に見学に行くのが、効率がいいかもしれません。 

read-more
喜界島
place
鹿児島県大島郡喜界町
no image

この記事を含むまとめ記事はこちら