SPACE FILMS GALLERYの高松聡個展「FAILURE」をレポート 宇宙を目指すある男の物語


2020.09.11

OMOHARAREAL

「夢を失ったことがあるか」。そう尋ねたら、一体何割の人がそうだと答えるだろうか? 表参道のSPACE FILMS GALLERYでは、2020年9月27日(日)まで高松聡氏の初個展「FAILURE」を開催中だ。これは、しめやかに行われる夢の葬儀であり、新しい夢へ動き始める反撃の狼煙である。   SPACE FILMS GALLERYは、青山通り沿いに建つレトロなビルの2階にある。8月末までブルックスブラザーズ青山店があったビルだ   写真家・アーティストの高松聡氏は、2014年に引退を宣言する以前は、広告業界の第一線で活躍していた。彼が手掛けたカップヌードルの「NO BORDER」のCMは、Mr.Childrenの音楽と合わせて強烈に脳内に残っている人も多いのではないだろうか。2001年には、ポカリスエットのCMで世界初の宇宙ロケを実現。他にも、話題をさらった仕事を挙げれば枚挙にいとまがない。国際的な広告賞受賞も数多い、日本を代表するクリエイターである。   アートを見るときに、作家のバックストーリーに気をとられ過ぎるのは危険だ、と個人的には思う。とはいえ、本展はタイトルもそのままズバリ「FAILURE(失敗)」と銘打たれている。写真家・高松聡の初個展を読み解く上では、彼の背景にある “2015年宇宙の物語” を知ることが重要だ。 え……なにそれ?なストーリー 会場エントランス風景   ポカリスエットやカップヌードルの「宇宙CM」は、高松氏が管制センターからディレクションし、ISS(国際宇宙ステーション)にいる宇宙飛行士ふたりが撮影・出演したものだった。しかし、幼い頃から宇宙に憧れを抱いていたという男の夢はそこにとどまらない。今度は自らが宇宙へ飛ぶため、業界から身を引き、ロシアの宇宙飛行士訓練施設「星の街」へ。2015年1月〜9月の訓練の日々をスタートさせた。 まずこの展開のドラマチックさに衝撃を受けてしまう。超人気広告クリエイターから一転し、宇宙飛行士の卵である。こういうのも脱サラと言うのだろうか? “とにかく宇宙飛行士になりたい” と、相当な額の私財を投げ打ち、ロシアに渡って座学・トレーニング漬けの毎日。1日8時間×週5日、計800時間にわたってみっちり訓練を積み重ねた(ちなみに氏はこのとき50歳を超えている)。 ところが……結論から言うと、高松氏の宇宙飛行士になるという夢は「失敗」に終わった。 宇宙飛行士訓練は、プライマリークルー&バックアップクルーの二人一組で行われるものだという。高松氏がバックアップするはずだった、いわば相棒の英国歌手サラ・ブライトマンが、5月のある日、突然訓練を中止して帰国してしまったのだ。氏はその後も全ての訓練を優秀な成績で修了したものの、バックアップするはずだったクルーがいない、すなわち役割・立場が無いという理由で、宇宙飛行士としてロシア宇宙庁から認定を受けることはできなかった。   展示されている高松氏の卒業証書。全過程を修了したと記載されているが、「宇宙飛行士として認定する」という一文は無かった この経緯は会場冒頭のパネルで示されているが、あまりのことに文章を2度読んでしまった。すべてを賭けた夢が、自分とは違うところにある理由で断ち切られてしまった。そんなのありなのか?そして写真家・高松聡が生まれたのは、この想定外の「失敗」からだった。 記録から作品へ いよいよ展示へ向かおう。本展は3つの展示室で構成されている。Room1では、「星の街」の訓練施設のひとコマや、街なかの様子などが並ぶ。 役割を失くしてしまった高松氏は、訓練を受け続けながら「星の街」の姿をカメラに収めようと必死だったという。いつ退去を命じられるかも知れないし、出たら最後、おそらく民間人は二度と中には入れない。5月から9月の卒業までの間、撮影した写真は10,000枚を超えた。   絵の具のチューブのように見えるのは、ロシア製の宇宙食! 手前にあるオレンジ色の缶詰には「イクラ」と記されている。高松氏いわく、味は『あんまり美味しくない』そう   日常風景を切り取った作品たち。そのままポスターになるようなスタイリッシュな構図のものや、繊細な色彩をすくい上げたものが混在する。ロシアの厳冬では窓辺の鉢植えが人々の重要な癒しとなるそうだが、右手前の一枚では差し込む光も相まって、日々を愛おしむような視線を感じる   中学生の頃から写真部に所属し、もともと写真が好きだったという高松氏。撮り続けていくうち、やがて「記録」から「作品」へと、自身の意識が明確に変化していくのを感じたという。 夢を棺に納めて 奥へ進むと、そこには高松氏の宇宙服が展示されている。一瞬、人が横たわっているように見えてギョッとしてしまう。周囲にはガガーリンはじめ、歴代宇宙飛行士たちが。奥に見えているのは、本展のメインビジュアルにも採用されている、宇宙服を着たマネキン人形の写真だ。宙を見上げる眼は夢見るように輝いている。   『ガラスケースに入れたとき、死体みたいだなあって思ったんです』と高松氏。宇宙服の首元には「S.TAKAMATSU」の名前が縫い取られていた   地球を出ることの無かった宇宙服は、本展のコピー “全ての訓練を完了した。私は何者でもなかった” を象徴する。この一角は、失った夢を悼む聖堂のような場所なのだ。 花咲く場所   さらに会場を進むと、草花の写真を集めたエリアが。相方の離脱によって寄る辺ない立場となった後、高松氏のカメラマンとしての興味は、野に咲く花などの自然へ広がっていく。ロシアの厳しい冬が終わり、「星の街」全体を包む空気が明るくなった頃だ。 何の変哲も無い小さな花に、絶望と緊張で磨り減った精神の癒しを求めていた側面もあるという。『気分が変わると見えるものも変わる』という高松氏の何気ない一言には深く共感。 塀で囲まれた「星の街」に春が訪れると、(それまで暗くて見えていなかった)塀のひび割れを発見して、思いがけず外に出ることができたという。一面に野花が生え広がって風に揺れている光景は、氏に鮮烈な印象を与えた。言ってしまえば雑草なのだが、この一枚はとりわけて “グッと来た瞬間” と “シャッターを切った瞬間” にタイムラグが無いように感じる。 スナップショットに寄り道  Room1と2の間に位置しているRoom3では、訓練中の高松氏を写した記録写真を見ることができる。     訓練で水に入る姿や、宇宙服を作るために石膏で型を取られる姿など、活き活きとした動きのある写真が続く。順に追っていくだけで、ドキュメンタリーフィルムを見ているような気分になる。   実際のソユーズ宇宙船の内部では、こんなにギュウギュウ詰めになるらしい……訓練中で一番大変だったのは、8Gの重力より何より、この空間で水中用の服に着替えることだったという。地味なだけに、リアルさがにじむエピソードだ     10%を80%に、90%に   最後に、大きく空間がひらけたRoom2へ。ここで展示されているのは、「星の街」に加えて、バイコヌール(カザフスタン)にあるロケット発射場で撮影された作品だ。さらに奥のモニターでは、高松氏のインタビュー映像が。本展に込めた想いや、2015年に訓練を修了してから2020年までの間に何があったかを丁寧に語る、必見の映像だ。時間が許すようなら、ぜひ全編を見てみてほしい!   各国の宇宙飛行士が多く滞在する「星の街」で、高松氏は宇宙経験者たちに必ずある質問をしていたそう。それは「“宇宙から見た地球” の写真・映像は、実際に見た光景の何%くらいを伝えられているか?」という問いだ。得られた答えから想像される感動再現度は、わずか10%程度に過ぎなかった。闇の中にぽっかり浮かぶ青い地球。ISSから見れば1日に16回日の出と日没を繰り返すその姿は、見る者の人生観を変えてしまうような強い力を持つらしい。帰還した宇宙飛行士が、宗教家になったり、環境活動家になることもあるのだという。確かに……地上400km上空から地球の姿を眺めれば、もっともっと自分たちの生きる星について意識的になれるだろう。いつしか高松氏は、その光景を、可能な限り高いリアリティで再現することを目指すようになる。宇宙飛行士という肩書きはなくとも、宇宙へ飛ぶ訓練は受けた。自分なら最新機材とともに宇宙へ行って超高画質撮影を行い、ふさわしい設備のもとで、その姿を多くの人に伝えられるのではないだろうか。それこそが、宇宙飛行士になれなかった男が見つけた「新しい夢」だ。   『当然、宇宙からは国境も見えないです』と語る高松氏の姿には、「NO BORDER」のCMを手掛けた頃から一貫した真摯な思いがうかがえた。 自分にしか撮れないもの 会場の最深部には、いよいよ打ち上げの時を迎えたソユーズなどの写真が並ぶ。機体の裏側に回り込むようなアングルや迫力ある距離感は、撮影者が “関係者” だからこそ可能だったものだ。 高松氏が乗組員になっていたなら、当然これらの作品は生み出されなかった。ポジティブに捉えれば、宇宙飛行士になれなかったからこそ、氏は写真家として新たな表現を見出したのだし、本気で宇宙飛行士になるつもりだったからこそ、他の人間には撮れないものが撮れたのだ。 打ち上げ日の朝方、射出場まで列車で運ばれていく機体。朝焼けと一緒にカメラに収めるため、先回りして通るのを待ち構えていたのだという。本来なら、クルーである自分は宿舎で寝ていたはずの時間だ。だからこれも、クルーから外れてしまったからこそ撮れた写真、と氏は言う。夜明けの平原でカメラを構えながら、列車が来るのをどんな思いで待っていたのだろうか。忘れがたい一枚だ。 始まりを祝して 高松聡氏の写真は、世界のどこを切り取り、見る人に何を感じさせたいのかがクリアに表れている。圧倒的存在感を放つソユーズの姿だけでなく、過ぎ行く日常を惜しむ眼差し、失恋者のような傷つきやすい色彩感覚は、背景にある物語を抜きにしたとしても見るものの心を捉える。宇宙を目指した男の「失敗」に寄り添う鑑賞体験の後、心から彼に宇宙に行ってほしくなった。そしてどうか私たちに、精神を根っこから揺さぶるような “宇宙から見た地球” の姿を見せてほしい。プレゼンなのだとしたら大成功である。写真家として、宇宙飛行士訓練を完了した実力者として、さらに人の心を動かす演出家として、高松氏を信頼したいと思った。これはただの思い出写真の展覧会ではなく、これからリアルに始まる、壮大な宇宙撮影プロジェクトの出発点だ。ガガーリン以降、宇宙へ飛び立った人間は約500人。軍人や科学者がほとんどを占め、その中にアーティストはまだ一人もいないという。 本展はおそらく、数年後「初めて宇宙へ行く写真家」の、記念すべき初個展になるはずだ。見逃さないほうがいい。 ちなみに… ビルのエントランス付近。バーガンディーカラーのタイルが、斜め(左手)と縦(右手)に貼り分けられているのが伝わるだろうか   会場であるSPACE FILMS GALLERYは、ビルの解体に伴って9月末でクローズする。本展は最後の展覧会というわけだ。レトロビル好きなら、渋い趣を味わっておくのもいいかもしれない。   ■概要高松聡 個展「FAILURE」開催期間:2020年9月4日(金)〜27日(日)開催場所:SPACE FILMS GALLERY住所:東京都港区北青山3-5-6 青朋ビル 2F電話番号:03-6434-9029営業時間:11:00~19:00定休日:月曜     Text / Photo:Mika Kosugi  

表参道
place
東京都港区北青山3丁目
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