「VR温泉」「Zoom芸妓」…老舗旅館が切り開く、ニューノーマルな伝統のカタチ


2020.12.04

一休コンシェルジュ

鎌倉時代に起源を持ち、日本三古泉のひとつにも数えられる神戸の有馬温泉。新型コロナウイルスの猛威は、歴史ある温泉地をも揺さぶりました。創業800年を超える老舗「御所坊(ごしょぼう)」グループは、緊急事態宣言中に自宅で温泉気分を味わってもらおうと、YouTubeでVR(仮想現実)映像を配信。各客室に温泉を引くなど、先進的な取り組みに乗り出しています。グループの16代目で「有馬山叢 御所別墅(ありまさんそう ごしょべっしょ)」主人の金井一篤さん(39)に、宿泊業のニューノーマルを見据えた試行錯誤について聞きました。
※本記事は10月21日にビデオ通話で取材しました。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、お出かけの際は感染対策にご配慮をお願いします。施設・店舗の営業内容が一時的に変更・休止となる場合があります。最新情報は施設・店舗にご確認ください。「有馬温泉をご家庭に」――緊急事態宣言のさなかの4月に、YouTubeで有馬温泉のVR映像を配信されました。どんな狙いがあったのでしょうか。1〜2月ごろから海外のお客様が減り始め、コロナが騒がれ始めると日本のお客様も徐々に減っていきました。4月に入るとさらに急激に環境が変わり、一切プロモーションができなくなってしまいました。こういう状況なら、「来てください」ではなくて「来ないでください」というメッセージを出した方がいいだろうと。外出自粛が呼びかけられていたものの、当時は徹底されておらず、なかには出歩かれている方もいました。自粛でストレスもたまるでしょうし、「有馬温泉をご家庭にお届けします」と打ち出して、おうちで楽しんでいただこうと考えたんです。緊急事態宣言の当日に電話――VRのヘッドセットを装着してユニットバスにつかるイメージ写真は、なかなかインパクトがありますね。VRで届けるということ自体がある種の「遊び」ですから、ああいう感じの写真の方が合うかなと思いまして。有馬温泉の泉質の問題もあって、温泉そのものを外に持っていくのは難しい。コロナは日本だけの話ではないので、世界中に届けられる映像配信を選びました。少し前に、耳に心地いい音を流すASMR動画が流行りましたよね。調べてみたら、YouTubeにはずっと水が流れているだけの映像や、海の波だけを撮った映像なんかもあって。こういうものが成立するなら、温泉の雰囲気をVRで再現することだってできる。緊急事態宣言が出た日(兵庫など7都府県は4月7日)に、有馬の旅館のご主人やVRのカメラマンに電話をかけました。有馬はフットワークの軽い若手旅館が多く、みなさん賛同してくださり、当館含めて5軒が集まりました。それからすぐに撮影を始め、4月17日には第1回を配信しています。――すごいスピード感。利用者の反応はいかがでしたか。「不思議と落ち着ける」など、ネット上では思ったよりも好意的な感想が多かったです。そこから実際に有馬温泉にいらして癒されていただけたら、一番嬉しいですね。Go To トラベルが追い風に――やはり、コロナ禍によるダメージは大きかったですか。5月のゴールデンウィークも、有馬温泉の旅館はすべてクローズしました。業績も厳しくて、多くの旅館が売り上げ9割減となり、大赤字です。それが、Go To トラベル キャンペーンの開始で徐々に回復しまして、10月以降は昨年並に戻りつつあります。感染対策を徹底――どのような感染対策を講じているのでしょうか。5〜6月ぐらいはすべてのお客様に客室でお食事をとっていただいていましたが、いまはお部屋のほかにレストランの個室も開けています。カウンター席は間引いて運用し、大きめのセパレーターを置いて飛沫対策をしています。スタッフはマスク着用に加えて、お食事のサービスの際には追加でフェイスガードもつけています。検温やアルコール消毒も欠かしません。ロビーやレストランなど館内の換気の状況を専門家にシミュレーションしてもらい、基本的にはどこにいても、ある程度フレッシュな空気を取り込めるということが確認できています。スーパーに買い物に行ったり、通勤したりという日々の生活でも、完全に「リスクゼロ」にすることはできません。それでも、日常生活と同じかそれ以上にリスクを減らせるような形で、ご宿泊いただけるような態勢をとりたいと考えています。温泉付き客室の安心感――入浴に関してはどうでしょう?「御所別墅」は10室あるのですが、大浴場のご利用にあたっては、奇数番の方が奇数時間、偶数番の方が偶数時間に入っていただくようにしています。コロナをきっかけに、4月にはヴィラタイプの客室5室に温泉を引きました。12月中には残りの5室にも温泉を入れる予定ですので、全室お部屋で温泉をお楽しみいただけるようになります。以前から「どの部屋で温泉に入れるのか」といった問い合わせを多数いただいていたので、お客様も「客室で入れる」という安心感を求めていらっしゃるのかなと思いますね。最新機器でこだわり和食――お風呂に加えて、温泉旅館に泊まる大きな楽しみのひとつが食事です。神戸ビーフはぜひ召し上がっていただきたいです。普通の神戸牛はコーンなどをたくさん食べさせて太らせるのですが、「御所別墅」では日本産のソバ殻やユズの皮などを食べさせて育てた、特別な牛の肉を使っています。サシが入ってとろけるような味わいなのに、胃もたれせず、すっきり食べられます。――御所坊グループは、減圧加熱調理器「ガストロバック」や食材を急速冷蔵・冷凍できる「ショックフリーザー」といった、最新鋭の調理機器を導入していますね。「陶泉 御所坊」では、ガストロバックを使って天ぷらをつくったり、デザートに工夫を凝らしたりしてきましたが、「御所別墅」にも近く導入予定です。年末に向けて、さらに面白い料理を提供していきたいですね。ショックフリーザーやブラストチラーは、料理の質を高めるのに役立ちます。和食には氷水で冷ます工程があるのですが、ブラストチラーを使って急速に温度を下げることで、より風味を残したまま調理することができるんです。Zoomで多様な人材を採用――「新しい日常」「ウィズコロナ」という言葉もありますが、宿泊業はこれからどんな風に変わっていくと思いますか。皆様に検温や手洗い、消毒などのご協力をいただいていますが、そういう部分はこれから先も続いていくのではないでしょうか。当館の場合、コロナで売り上げが一旦ゼロになりました。そこから徐々に回復していく過程で、スタッフの業務内容も見直したんです。いままでお部屋の清掃は外部にお願いしていたのですが、内製化して自分たちで掃除するようして。それによって効率化もできたし、サービスのクオリティーも上がりました。人事採用や面接にもZoomを活用し、ロシアやフランス、ハンガリーなど、海外出身の方々を採用することができました。なかには、ホスピタリティ・マネジメント専攻でMBAを持っている方もいて。今後はかなり、多国籍なチームになりそうです。――緊急事態宣言のさなかにも、人材募集にあたってコロナ禍で解雇や内定取り消しになった人たちを優先雇用すると告知していましたね。こんな環境なので、普通であればお仕事も続けられたのに、できなくなってしまった――という優秀な人も多いはずです。そういう人に来ていただけたら、という思いでした。変わること、変わらないこと――金井さんが考える、有馬文化の「コア」はなんでしょう。「再生」ですね。有馬温泉は長い歴史のなかで、大洪水で流されたり、大火事で焼失してしまったり、地震に見舞われたりといった苦難をくぐり抜けてきました。何度もつぶれるんですけど、その度に「大事な温泉だ」ということで、仁西上人や豊臣秀吉に助けられて復興するんです。――いまもまさに、コロナ禍からの「再生」の過程にあると言えるかもしれません。そうですね。大洪水で街が壊滅した時に比べれば…!と思っています。伝統を「変えないこと」と考えると結構キツくて、国から補助金をもらわないと維持できない、みたいなことになってしまう。けれど、アイデンティティーを「再生」に置けば、常に変えていくことこそが我々らしい――という考え方になりますから。――VR映像の配信といった冒険的な取り組みも、そう考えると非常に納得感がありますはい。あくまでも「お客様を癒す」ということが根幹にあり、それがああいう形をとっただけで、やっていることは変わりません。有馬芸妓を守りたい――最後に、今後の抱負や展望を伺えますか。いま取り組んでいるのは、有馬芸妓の活性化です。この10年、20年で芸妓さんの数が減少しており、いまは8人しかいません。コロナ禍でさらに衰退が加速してしまう懸念があります。お客さんも高齢化していて、大きな宴会需要も減っている。若い方にもアプローチしようと、有⾺温泉観光協会では「Zoom芸妓」を始めました。感染対策にも配慮し、Zoomを通じて客室の大型モニターなどでお座敷遊びを楽しめるサービスです。9月には町内で保存委員会が立ち上がり、芸妓さんのために旅館からお金を集める仕組みもできました。有馬芸妓には京都の芸妓さんとは違う歴史背景があるので、そういう面白さを感じていただけたら。有馬温泉は日本三古泉である一方、神戸にあって外国文化にも近い。多様で重層的な魅力を持っています。有馬に泊まることで、歴史性・地域性・文化性に触れることができる。そんな体験の価値を、もっともっと深めていきたいですね。伝統とは、一歩も動かず立ち尽くすことなどではなく、時にフォームや呼吸のリズムを変えながら、長い長い距離を走り続けることなのかもしれない。金井さんの言葉の端々から、そんな「長距離走者の覚悟」を感じました。幾度も再生を果たしてきた有馬温泉は、コロナ禍という未曾有の事態からも、きっとまた立ち直るでしょう。そしてここは、訪れた人たちが疲れた体を癒し、新たな自分へと再生する場所でもあります。御所別墅を舞台にした「再生の物語」のこれからに注目です。金井一篤1981年、1月1日生まれ。御所坊の16代目で、「有馬山叢 御所別墅」の主人。趣味は旅行。
1991年 家業手伝い
2004年 神戸大学情報知能工学科 卒業
2005年 一吉経済研究所 研究員
2011年 ESSEC MBA 卒業
2012年 御所坊グループ入社※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、お出かけの際は感染対策にご配慮をお願いします。施設・店舗の営業内容が一時的に変更・休止となる場合があります。最新情報は施設・店舗にご確認ください。 有馬山叢 御所別墅 兵庫県/有馬温泉 詳細情報はこちら  

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有馬山叢 御所別墅(ごしょべっしょ)
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兵庫県神戸市北区有馬町958
phone
0789040554

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