半世紀続く味。名物・元祖のりトーストを求めて神田「珈琲専門店エース」へ


2020.02.13

Harumari TOKYO

純喫茶ブームが叫ばれて久しい昨今。老舗といわれる古き良き喫茶店や珈琲店がふたたび脚光を浴びているが、昭和46年創業の神田「珈琲専門店エース」も多分に漏れない。東京駅や新宿駅からのアクセスの良さも相まって、特にここ数年は国内外問わずあらゆる地からこの店を目指して人が訪れる。エースがあるのは、神田駅前の入り組んだ道を抜けた先。年季の入った赤と白の縞模様のテントがトレードマークだ。ドアを手前に引くと鳴るチリンチリンと懐かしい鈴の音を合図に、昭和レトロな世界にいざなわれる。「いらっしゃいませ」と重なる、ふたつの声。迎えてくれたのは 店を営む 清水英勝(しみず ひでかつ)さん・徹夫(てつお)さんご兄弟。この日は兄の英勝さんが厨房に、ホールには2つ年下の徹夫さんが立っていた。厨房の前には丸椅子のカウンター席が並び、その向かいにボックス席がいくつか。ここでもやはりチェアのやや色あせた赤と白の風合いが、流れた月日の長さを物語っている。創業時から変わっていないというその装いは、今となってはまさに昭和レトロそのものだが、当時はさぞかしハイカラだったに違いない。約50年の間にすっかり染みついた、コーヒーとタバコが入り混じった独特の“におい”もまた、昔ながらの喫茶店ならでは。禁煙・分煙が当たり前になった現代のコーヒーショップにしか馴染みない世代には、新鮮に感じられることだろう。界隈のサラリーマンに紛れて、喫茶店巡りを楽しむ若い女性の姿もちらほら見える。BGMのない静かな店内には、それぞれが気遣いながら控えめなボリュームで交わす会話の声と、「ブレンドひとつ、“のり”」「カフェオレふたつ、“のり”ふたつ」と、オーダーを通す徹夫さんの声が響く。“のり”とは、この店の名物「のりトースト」のことだ。オーダーやサーブをとるのは清水徹夫さん(左)。客席より低く作られた厨房には、兄の英勝さん。コーヒー好きだった亡き父と3人で始めたという「珈琲専門店エース」。ふたりは5人兄弟の四男・五男である。「当時、すでに神田の街にはコーヒー屋がたくさんありましてね。他と同じことをしていてはいけない、名物を作ろうと考えた」と、英勝さん。兄妹4人に反対されながら「誰もやらないからいいんだ!これでいく!」と押し切り、開店時のメニューに入れたのが、パンで焼き海苔をサンドして焼いた、バター醤油味の「のりトースト」だという。ヒントを得たのは中学生のころに母親がよく作ってくれた「のり弁」。清水家のそれは、ごはん、醤油、海苔が2段に重ねられた“2層仕立て”で、まさに海苔がごはんで挟まれていたそうだ。「パンと海苔とバターと醤油だけ、特別なものはなにも使っていませんよ。どこの家にもある材料で誰でも作れるものなんだけど、初めての人は『どんな味だろう?』と楽しみに来てくれるし、馴染みの客は『家で作ってみても、どうもここで食べる美味しさにはかなわないんだよね〜』と言って何度も食べに来てくれる。みんなペロリと完食してってくれるから嬉しいですね〜」(英勝さん)。多い日には1日90食出ることもあるという、名物「元祖 のりトースト」。レシピを伝授した店もいくつかある。サクッと焼けたパンの内側から醤油とバターがジュワリと染み出し、それらの香ばしさのあとに磯の風味が追ってくる。おかきに似た懐かしい味を思い出させるのだが、やはり初めて出逢う絶妙なコンビネーション。朝食でもおやつでも、なんならお酒のつまみにもしたくなるような塩気のきいたスナック感は、老若男女問わず愛されるのも頷ける。近年のSNSの流行にあわせて手作りしたという、ミニサイズの“のりトーストのノボリ”。昔も今も、常連客から一見まで、この「のりトースト」を求めて訪れる客は耐えない。だからこそ、店が“いつもどおり営業していること”を何より大切にしている、と語る清水さん兄弟。48年前に店を始めた日から、一度たりとも貸し切り営業や営業時間の変更をしたことはない。客が早く引いたから早仕舞い、などもってのほかだ。平日は7:00から18:00まで、土曜日は14:00まで必ず店を開ける。「当たり前のことですけどね。営業日や営業時間はお客さんとの約束だから。『せっかく来たのに閉まってた』なんて、悲しい思いしてほしくないじゃないですか」。徹夫さんがそういうと、「常連であれ初めての方であれ、来てくれた一人ひとりのために、同じように丁寧にサービスをする。そしたら自然とまた来てくれたり、友人に教えてくれたりするんです」と、英勝さん。店を開けてまもなく半世紀。定休日以外で休んだのは両親が亡くなったときだけだという。家族の助けも借りながら“営業する”ことを守り通しているのだ。「雨の日も雪の日も開けています。これだけは自慢だね」と、ふたりして何気なく笑って見せるが、並大抵のことではない。さて、名物「のりトースト」のオーダーは決まりとしても、この店、実はドリンクオーダーはなかなかに悩ませてくれる。というのも、店内の壁一面に張り巡らされたディスプレイ兼メニューを見ても、すべて見尽くせないのではと思うほどたくさんあって、目移りしてしまうのだ。「珈琲専門店」を謳うだけあり、コーヒーはブレンドだけでも5種類、ストレートが15種類、さらに生クリームや洋酒などを使ったアレンジコーヒーも20種類と、常時計40種類ものコーヒーを揃える。おまけになんと紅茶も15種類あるというから恐れ入る。四方八方から「あれもある」「こんなのもある」と訴えるように目に飛び込んできて、そのたびに心がなびいてしまうからとにかく悩ましい。店内の看板やメニュー表はすべて英勝さんの手書き。もし10:00までに訪れたなら、「ブレンドコーヒー」と「のりトースト」がセットになった「モーニングサービス(A)」を勧めよう。ただでさえお得なのに、ブレンドコーヒーのおかわりが1杯付く。「コーヒーとのりトーストを、まずは一度味わってもらうためにも、こういう目玉がないとね」と、ここでもふたりの商売人センスが光る。コーヒーは1杯ずつサイフォンで淹れてくれる。サイフォンも48年もの。手始めにトーストとコーヒーを味わいながら、じっくりと店内のメニューを品定めし、その日の気分で気になったアレンジコーヒーを2杯目にオーダーしてみてはいかがだろう。上からひとつずつ制覇していくのもありだ。ただし、それでも50回以上通わねばならないのだが……。「ジャマイカンマジック」はラム酒とホイップクリームにシナモンシュガーを添えて。「うちはまだまだ老舗とはいえませんよ。少なくとも50年は経たなきゃ」と、英勝さん。とはいえ、その50年ももうまもなくだ。何十年も通い続ける客、数年に一度東京に来ると顔を見せる客、そしてまだまだ耐えない全国各地から初めて訪れる客。誰もが「のりトーストが食べたい」と思ったときに、当たり前のようにそれが叶うのは、ふたりがこの場所で毎日営み続けているからこそ。神田にさえ来れば「珈琲専門店エース」と「のりトースト」があるという絶対的な信頼感が、また何度でも人を引き寄せる。東京にいるならば、一度は行っておくべき名店だ。今日も朝から、エースのトースターはフル稼働している。取材・文 : RIN 

珈琲専門店 エース
rating

4.0

12件の口コミ
place
東京都千代田区内神田3-10-6
phone
0332563941
no image

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