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長崎のその他の史跡/建造物スポット一覧

  • 山王神社 二の鳥居(一本柱鳥居)
    旅行/観光
    長崎県長崎市坂本2-6-56
    昭和20年(1945)、長崎市に投下された原子爆弾。爆心地から南東約900mの高台にあった山王神社は甚大な被害を受け、社殿は跡形もなく崩れさった。その山王神社の参道にあるのが一本柱鳥居である。もとは4つあった鳥居のうち、この鳥居だけが片方の柱を残し現存した。原爆の脅威を物語る鳥居である。
  • 出島(出島和蘭商館跡)
    旅行/観光
    長崎県長崎市出島町6-1
    江戸幕府が鎖国政策を敷いて際、唯一西洋との貿易窓口となった場所。寛永18年(1641年)に平戸にあったオランダ商館が出島に移転し、その後218年間、日本とヨーロッパを結ぶ経済・文化の交流が行われ、日本の近代化に大きな功績を残した。商館廃止後に出島周辺は埋め立てられたが、現在では出島復元整備事業が進み、往時の姿を偲ぶことができる。
  • 日本二十六聖人記念館
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    4.0
    99件の口コミ
    旅行/観光
    長崎県長崎市西坂町7-8
    1597年、豊臣秀吉によるキリシタン禁止令により、フランシスコ会宣教師6名と日本人信徒20名が処刑された丘である。キリストが十字架の架けられたゴルゴダの丘に似ていることからここでの殉教を願い出たとも言われ、その後も多くの宣教師、信徒たちがこの地で処刑された。昭和37年(1962)、二十六聖人等身大のブロンズ像嵌込記念碑が建てられた。また昭和25年(1950)にはローマ教皇によりバチカン指定公式巡礼地と定められた。

    世界遺産登録された大浦天主堂の方にスポットライトが当たりがちですが、1865年に創建された大浦天主堂は、この二十六聖人に捧げられたもので、正式名称は「日本二十六聖殉教者天主堂」ということです。豊臣秀吉のバテレン(宣教師)追放令に続く江戸幕府の禁教令により、宣教師や修道士、信者ら26名が捕まり、1592年2月5日にこの地で十字架にかけられ処刑されたとされています。キリストが十字架にかけられたゴルゴダ...

  • 平戸オランダ商館 1639年築造倉庫(復元)
    旅行/観光
    長崎県平戸市大久保町2477
    1609年から1641年に長崎出島に移転するまでの33年間、オランダの貿易港として栄えた平戸に建てられた商館。貿易の積荷を保管するために1639年に造られた石造倉庫は、日本初の洋風建築物であり、オランダの建物に類似した外観であった。この外観が日本人にとっては奇異なものであり、西暦年号が破風に入っていたことなどから江戸幕府によって取り壊されたのである。2011年にオープンした「平戸オランダ商館」は、この建物を忠実に復元。当時の貿易に関する資料などを見ることができる。
  • 武家屋敷
    旅行/観光
    長崎県島原市下の丁
    松倉重政が島原城を築城した際、城の西側に作られた武家町。居住していたのは鉄砲を中心とした徒歩部隊であったため「鉄炮町」とも呼ばれていた。約700戸の屋敷が軒を連ねていたという通りには、生活用水として使われていた島原の湧水が今も流れており、その清らかな流れは、風情豊かな眺めである。
  • 平和祈念像
    旅行/観光
    長崎県長崎市松山町平和公園内
    路面電車「平和公園」から徒歩で約3分。長崎駅の北に位置する平和公園内「願いのゾーン」にある青銅像。長崎県出身の彫刻家である北村西望氏が製作した像を原爆投下から10年後の昭和30年(1955)に建立したもので、右手は原爆の脅威、左手は平和、閉じた目は「原爆犠牲者の冥福を祈る」という意味がそれぞれ込められている。毎年8月9日には、像の前にある式典広場で平和祈念式典が行なわれる。
  • 高島炭坑跡(高島北渓井坑跡)
    旅行/観光
    長崎県長崎市高島町99-1
    長崎市高島町にある炭鉱跡。ユネスコの世界遺産に登録されている「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一つ。1695年に石炭が発見され、焼き物や塩の製造の燃料として使用された。1868年からは佐賀藩とグラバー商会より、当時の最新の設備により日本ではじめて蒸気機関を使った竪坑での採炭を行ったが、経営権は最終的に三菱に渡り、長崎に寄港する船の燃料などとして巨万の富をもたらした。現在は無料で見学可能。
  • 唐人屋敷跡
    旅行/観光
    長崎県長崎市館内町
    長崎市館内町にある史跡。江戸時代に中国と独占的に貿易を行っていた長崎で密貿易が増加したことから、幕府によって唐人が滞在するための屋敷が作られ、人の出入りが制限された。この内、現在4堂が修復、保存されている。
  • はらほげ地蔵
    旅行/観光
    長崎県壱岐市芦辺町諸吉本村触1342-102
    壱岐市芦辺町諸吉本村触にある地蔵。六道において衆生を救うという六体の地蔵が海にせり出した場所に祀られており、満潮時には海に浸かっている姿を拝むことができる。「はらほげ」の名は腹の部分が丸くえぐれていることに由来するが、祀られた目的については諸説ある。
  • 畑ノ原窯跡
    旅行/観光
    長崎県東彼杵郡波佐見町村木郷字畠原1343-2
    慶長年間(1596-1614)に李朝の陶工によって築窯されたと伝えられる窯跡。窯の部屋数は24室以上、全長約55.4m以上と考えられ、当時の窯としては大規模なもの。発掘されたままの状態で展示されている窯のほか、復元された窯もあり、波佐見焼の歴史がわかる。
  • 平戸の聖地と集落(中江ノ島)
    旅行/観光
    長崎県平戸市下中野町
    世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の1つ。平戸島北西岸の沖合2km、生月島と平戸の間に位置する中江ノ島は、東西約400m、南北約50m、標高約35mの無人島。禁教初期の元和8年(1622)に、平戸藩によって田平で処刑されたカミロ神父の布教を助けたヨハネ(ジュワン)坂本左衛門ら4人のキリシタンの処刑が、2年後には家族もこの島で処刑された。平戸地方の潜伏キリシタンは、殉教地である島を「サンジュワン様」と呼び、死者の顔も島に向けて埋葬するなど、聖地として拝んだ。「サンジュワン」は、キリストに洗礼を授けた聖人・洗者ヨハネのポルトガル語読み。洗礼や家の祓い、病気直しのため聖水は、この島の岩間からしみ出す水を採取したもので、「お水取り」の儀式を行って得たもの。島への上陸は不可で、見学は生月島のクルスの丘公園からがおすすめだ。
  • 有家キリシタン史跡公園(桜馬場キリシタン墓碑群)
    遊ぶ/趣味
    長崎県南島原市有家町尾上5632
    前方に島原湾が広がり、島原・天草一揆に関わる湯島(談合島)を望む丘陵地にある史跡公園。昭和62年(1987)の「島原の乱後350年行事」の一環として設置。園内には十字架が建てられ、キリシタン墓碑21基が集められた「桜馬場墓碑群」がある。長崎県内のキリシタン墓碑の多くが島原半島にあるが、特に南島原市内には100基を超える墓碑が確認されている。うち有家町内の道路端や石垣、畑の中などに点在していた墓碑を集めたものが「桜馬場墓碑群」。県指定史跡の2基は、「類子銘入り扁平蓋石型」と「花十字紋入り扁平蓋石型」の箱形の墓石。「類子」は「ルイス」と読み、男性に用いたクリスチャン・ネームだ。天正年間(1573-1592)、この地にはキリスト教布教第二管轄区が置かれ、約70年間にわたって布教活動が行われていた。教会も2つあり、住民は全員信徒だったという。それ以前は仏教が栄えていた地でもあり、仏教とキリシタンの遺跡が混在する歴史的に興味深い地でもある。
  • バスチャン屋敷跡
    旅行/観光
    長崎県長崎市新牧野町1359-7
    江戸時代の禁教令の下、外海地方で信仰を維持し続けた潜伏キリシタンの伝承地の1つ。バスチャンは、外国人の司祭や修道士が追放された後、外海や浦上、五島の人々に日繰り(キリスト教の行事の暦)や予言などを遺した伝説の日本人伝道士。役人に見つからないように隠れ住んだといわれる隠れ家跡で、長崎市指定史跡。現在は、木々の深い緑の中に、質素な石積みの小屋が立てられている。遠藤周作の小説『沈黙』を元に制作された映画『沈黙-サイレンス』のため、マーティン・スコセッシ監督もこの地を視察している。
  • 沈黙の碑
    旅行/観光
    長崎県長崎市西出津町2800 出津文化村内
    外海歴史民俗資料館そばにある文学碑。作家・遠藤周作の小説『沈黙』ゆかりの碑で、周作が生前中の昭和62年(1987)に建立された。碑は大小2つの岩から成り、1つには「沈黙の碑」と刻まれ、もう1つには、周作がこの碑のために著した「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」の言葉が刻まれている。小説『沈黙』は、大村藩の黒崎村(現・長崎市外海地区の西出津町、東出津町、下黒崎町一帯)を舞台として、江戸時代初期のキリシタン弾圧下のポルトガル人司祭を通じ、神と信仰の意義を問い描いたもの。昭和46年(1971)には篠田正浩監督によって、平成28年(2016)にはマーティン・スコセッシ監督によって映画化されている。
  • 原の辻遺跡
    旅行/観光
    長崎県壱岐市芦辺町深江鶴亀触1092-1
    弥生時代中期(300年頃)の一支国[いきこく]集落跡で、日本最古の船着き場跡なども見られる貴重な遺跡。発掘された遺跡は埋め戻されてしまったが、その出土品や模型などは併設の原の辻ガイダンス(料金:無料、時間:9-17時、電話:0920-45-2065)で見学できる。所要30分。
  • 長崎公園
    遊ぶ/趣味
    長崎県長崎市上西山町
    諏訪神社の境内へと続く、見晴らしのよい小高い丘の上にある公園。巨大なクスノキなどの木立の中に、写真の開祖・上野彦馬[うえのひこま]や印刷術の開祖・本木昌造[もときしょうぞう]ら長崎ゆかりの偉人像が数多く立っている。公園の登り口には、日本最初の缶詰製造地の標柱もある。
  • 高島秋帆旧宅
    旅行/観光
    長崎県長崎市東小島町
    江戸時代後期に荻野流砲術および西洋砲術の研究をした、町年寄・高島秋帆の邸宅跡(史跡)。文化3年(1806)、秋帆の父が別邸として建てたもので、別名雨声楼[うせいろう]ともよばれていた。国の史跡指定後、原爆に遭って大破。現在は石垣や塀がかつての名残りをとどめている。
  • 中華門
    旅行/観光
    長崎県長崎市新地町
    長崎新地中華街の四方の入口に立つ朱塗りの門が「牌楼」[ぱいろう]、すなわち中華門。昭和60年(1985)、長崎新地中華街商店街組合により建てられた。それら4つの青竜門[せいりゅうもん]、白虎門[びゃっこもん]、朱雀門[すざくもん]、玄武門[げんぶもん]は正確に東西南北を示す位置にあり、それぞれ裏側に龍や朱雀など四方の守護神である中国伝説上の動物が彫られている。
  • 原子爆弾落下中心地碑
    旅行/観光
    長崎県長崎市松山町 (平和公園内中心地地区)
    原爆落下中心地に立つ黒御影石[くろみかげいし]の石柱の碑。この碑の約500m上空で原爆が炸裂、半径2.5kmに及ぶ地域を壊滅させた。そばには爆心地から北東約500mの場所にあって壊滅した浦上天主堂の遺壁の一部が移築されている。
  • 俊寛僧都の墓
    旅行/観光
    長崎県長崎市伊王島町
    治承元年(1177)、平家打倒を図り、密告によって捕えられた僧俊寛[しゅんかん]、藤原成経[ふじわらのなりつね]、平康頼[たいらのやすより]が流されたと言い伝えられる伊王島。一人だけ赦されず、島で死んだ俊寛の墓が長福寺跡にある。

長崎の主要エリア

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長崎県は、長崎空港から各県へと直行便でつながっており、東京からは約2時間、大阪からは約1時間15分、名古屋からは約1時間25分でアクセスできます。 そんな長崎県の目玉スポットと言えば、佐世保市にある「ハウステンボス」です。敷地面積日本最大のテーマパークと言われている園内には、さまざまな花が咲き誇っており、昼は景色やアトラクション、夜はイルミネーションなどを楽しめます。佐世保市は島がたくさんあることでも知られ、海を望めば島々が密集している姿が見られます。他にも雲仙市の温泉や、県のあちこちにある「隠れキリシタンの関連遺産」など、体験、歴史、さまざまな側面を楽しめます。 長崎は中国が近いこと、また、昔はポルトガル人との交流も盛んだったため、からすみやカステラ、佐世保バーガーなど、海外から伝来したものをベースにした名産や料理も数多く存在します。また、ご当地が生んだ定番グルメとして、豚骨スープに魚介・野菜・豚肉を入れたちゃんぽんが有名です。

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